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「悪かったわね、一人でさせて」
「いえ。このくらい」
いの一番に謝ってくれる店長がそこまで落ち込んでない。ってことは、店は閉めないのか?
どうなったんだろうかと二人を見比べていると、手指消毒をしている店長が顎でクイと遥さんを指した。
「ドンからの発表があるわよ」
「なんなのよさっきからドンドンって。そんな厳つい呼び方しないでもらいたいんだけど」
カウンター席に座った遥さんは不満げに眉を顰めているが、店長はドンが気に入ってるみたいだから、たぶんしばらくその呼び方続けると思うぞ?
「あのね、雀ちゃん。ほんと申し訳ないんだけど、明日からお店、しばらく休むから」
「……やっぱり、コロナのせいで自粛ですか?」
「ええ。うちはこういう形の店で、一番感染しやすいからね。どれだけ消毒しようと、人人感染は避けられないだろうから、店は閉めるわ」
そうですか。と応える自分の声が沈んでしまうのは、バイト代を稼げなくなるからだけではなくて、店長や遥さんに会えなくなってしまうのも含めて、しょんぼりしてしまうからだ。
そんな私に眉尻を下げた遥さんは、ごめんねと謝ってくれる。別に、彼女がコロナを流行らせた訳でもないのに。
「怜が店を閉めたがらないのは、皆が稼ぎたいだけ稼がせてあげられなくなるからなの。店自体は、売上がなくなっても貯蓄を切り崩すかたちで1年程度なら自粛し続けられるんだけど、あなた達バイトはそうもいかないでしょう? だから怜は渋りに渋ってわたしから逃げ回ってたんだけど、流石にここまでコロナが広まると、甘いこと言ってられないの。シャムのオーナーとして、アルバイトの皆の健康を守る義務があるし、予測できる感染の可能性を放置して営業するなんて絶対出来ない、ってわたしが怜を捻じ伏せたのよ」
さっきもケンカしてたの見てたでしょ? と遥さんは苦笑するけど、今ので、ピンときた。
「遥さん」
話を続けようとしていた彼女を遮るように呼んで、私は首を横振りする。
んん? と聞く姿勢をとってくれた彼女は、とてもとても優しい人だと、私はずっと前から、知っている。
「そんなふうに、自分が悪いからって言い張らなくても大丈夫です。遥さんが強制したからお店を閉めるんだ、って形で憎まれ役にならなくても、私は店長を好きでいますし、遥さんの事だって、大好きですよ? 他のバイトの皆だって、今これだけ大騒ぎになってるんだし、自粛で店の営業を一旦やめる、って言えば納得しますし、そういう判断した二人の事もきらいになったりしませんよ」
目を瞬かせて、私を見上げるオーナーと。
手指消毒を終えて隣に立っていたオーナーへそれぞれ目をやってから、続ける。
「アルバイトの私達のことや、お客様のことを守ろうとして、お店を閉めるんだなって皆理解します。だから喧嘩はもうやめてくださいね?」
この二人にとって、きっとお互いが一番大事だろうに、他の……バイトやお客を守るために喧嘩しちゃうなんてダメだ。
この二人にはいつでも仲良く在って欲しい。
たぶん、さっきの喧嘩も、本気の本気で喧嘩してた訳じゃないとは思うけど、念のため。
仲直りするように、と提言すれば、遥さんは大袈裟に涙を拭う仕草をするし、店長はさっき手洗いしたばかりで清潔だったのに私の頭を撫でてくる。
「なんてイイ子なの……! 愛羽ちゃんに報告しなきゃ……!!」
「生意気言ってんじゃないわよ」
「ちょ、ちょっと店長! 頭ボサボサになる!」
やめてくれと言うのに、ひとしきり私を撫で回した店長。
なんか嬉しそうにしてるから、まぁ、いいけどさ。
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