テレワークパロディ 遥さん、ちょっと聞きたいんですけど (3)

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 あ、当たり前じゃないか!!

 愛羽さんが死ぬくらいだったら、ていうか、愛羽さんを病気にしちゃうくらいだったら、私はバイトなんかしない。お金は必要だけど、どうにか工面する。自粛が必要ならその期間、どうにかしてやる。愛羽さんを病気から守る為ならやってやる。

「怜?」

 遥さんは、ホラごらんなさいと云わんばかりに店長を見遣った。それは喧嘩に勝って勝ち誇るというふうではなくて、どちらかと言うと、お願いだから言う事を聞いて、という低姿勢に近い。

 それを受けて店長は嘆息を吐いたものの、チラと口を尖らせる。

「雀が自粛しても、金本さんは仕事に行くじゃないのよ」

 んー店長はまだまだごねるらしい。
 まぁ確かに、愛羽さんのお仕事は台風が直撃しても自宅待機とかにならないもんなぁ。

「行くだろうけどそのうちテレワークになるわよ絶対」
「テレワーク……!?」

 耳にしたその単語をオウム返しにした後、会話に割り込んでしまった事を謝る私に、遥さんは「もしかしてなったの?」と訊いてくる。

「愛羽さん、明日からテレワークになったって言ってました」
「まっじっかー……。ね、愛羽ちゃんって今家? 電話したら出るかな?」
「え、あーたぶん、出ると思います。お風呂に入ってたら分かんないですけど……」

 ん、ありがと。と遥さんは一瞬の笑顔をこちらへ向けてくれたものの、すぐにケータイを取り出した。どうやら今から愛羽さんに電話をかけるらしい。

 うーん、テレワークについて聞きそびれた……。
 残念に思うけど、遥さんの電話の邪魔をしてまで尋ねる訳にはいかない。

 電話が終わったあと、聞けたら聞こうかなと思うけどそろそろ開店準備をした方がいい時間だ。
 時計を見上げた私の傍へいつの間に忍び寄ってきていたのか、店長がこそっと「行くわよ」と囁いてきた。さらにこれまたいつの間に持ったのか、レジのドロアーまで抱えて完璧な出動体勢だ。

 なんでそんなコソコソしてるんだろう?
 首を捻った瞬間、今度は「れーいー」と呼ぶジットリした声。

 あ。そうかなるほど。この二人、今喧嘩中だったんだ。
 店長は遥さんが電話してる隙にこっそり戦線離脱しようとしてたけど、目ざとい遥さんからは逃げられなかった、と。

 ぎくりと足を止めている店長と遥さんを見比べていると、この場で一番強い人物がケータイを耳に当てながら、店へ続くドアを指差した。

「雀ちゃん。ごめんだけど、先に行って準備しててくれる?」
「ぁハイ」
「ありがと。怜はもちろん、行っちゃダメ」

 来なさい。とソファの座面をぽんぽん叩く遥さんに逆らえる人間はいない。
 店長からレジのドロアーを受け取ろうとしたのに、渡してくれない。

「ちょっと店長」

 放してくださいよとドロアーを引っ張るけど、店長は手放そうとしない。
 お金が入ってるから乱暴にもぎ取るとかできないし、ジリジリと引っ張り合うしかできないんだが、頑として、抱えたドロアーを放さない彼女。

「アタシを一人にしないで」
「遥さん居るじゃないですか。一人じゃないですって」

 どんだけ二人で喧嘩するのイヤなんだよと笑ってしまいそうになるが、私だって店長が恐怖してる遥さんに近付きたくない。店長が恐がるってことは、遥さん本気で怒ったら相当怖いんだろうかいやだよ。

「置いてかないで」
「イヤです置いていきますボスの指示なんで」
「アンタのボスはアタシでしょうが……!」
「そうですけど店長のボスは遥さんでしょ! ドンですよドン!」

 既に愛羽さんとの通話を始めている遥さんの邪魔にならないよう声を潜めてやいやい言い合っていると、ドン呼ばわりしたのがツボに入ったのか、店長が吹き出してドロアーを握る手が緩んだ。
 今だとばかりに店長の手から抜き取ったドロアーを抱えてスタッフルームのドアを駆け抜けると、背中に「薄情者!」という叫びを浴びせられるがその直後「うるさい怜!」と怒る声が飛んでくる。

 電話の向こうではきっと愛羽さんがビックリしてるんだろうなぁと、かわいい彼女を思い出してほっこりする。あ、いやいやほっこりしてる場合じゃなくて、開店の準備準備。

 でもなぁ……。

 わざわざ仕事終わりに遥さんがここに来て店長と話し合いをするくらいには、今、テレビで取りざたされているコロナウイルスって大変なんだな。目に見えないものだからなかなか予防とか難しいかもしれないけど、私も愛羽さんを守るためにも、きっちりうがい手洗い手指消毒はしよう。

 そんなことを心に決めながら開店準備をし終えて、開店時間を迎える。
 相変わらず店長はスタッフルームから出てこないから、話し合いが長引いてるんだろう。

 店をしばらく閉めるのかなぁ。そうなると、コーヒー豆はまぁ持つものだしいいけど、今仕入れてる果物とかはどうするんだろう?

 それに、お店の売り上げがないと困るだろうしなぁ。なんてぼんやり考えながらグラスを磨いていると、スタッフルームから二人が出てきた。




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