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ここまで来るとちょっと安心できる。
私は背負っていたリュックを下ろしながら、珍しいなぁと内心呟いた。
カーテンの向こうでは「まだ続けるつもり?」「決着つくまで終わらせないわよ」と引き続く気配のある闘い。
さっきチラッと聞いた感じでは、店長が”閉めない”のと、”逃げ回る”ので、遥さんはあんなにも怒っているらしい。
じゃあ店長が悪いのかなと思うけれど、一方的に店長が悪い事をしてるってパターンは今まであのカップルを見てきてあんまり無い。
どういうきっかけで喧嘩になってしまったんだろう? と疑問を抱く。
けれど、聞き耳は良くないかなとも思い、複雑な心境で私は服を脱ぐ。
そんなふうに他人の喧嘩の高みの見物を望んだのがいけなかったのかもしれない。
「良い機会だからアルバイトにも意見を求めてみればいいのよ。ねぇ? 雀ちゃん?」
いきなりこっちに火の粉が飛んできた。
「ぇハイ……!?」
びっくりして裏返る声でカーテンの向こうへ応じるも、どうやら店長は私に意見を求めるのは嫌なようだ。
「雀は関係ないでしょうが」
店長は遥さんを制している。だけど遥さんは止まらない。
それどころかヒートアップだ。
「関係ない訳ないでしょ。あの子達庇って開けてるのが今の貴女でしょ店長サン?」
うわぁ怖ぁ……。
遥さんが名前以外で店長の事呼ぶとか恐怖でしかないんだけど。
マジか、ここから出るのヤだなぁ……。
でも着替えも終わったし、開店時間も迫ってるし、私が出て行って話に参加した方がいいんだろうなぁ……。
渋々、ものすごーく渋々、制服に着替えた私はカーテンを開けた。
開けた視界に映るのは、腕を組んだ店長と、その向かい側でソファへ座って鋭い目をした遥さん。二人が同時にこっちを向くので私としてはビビるしかないが、いつも通りにこりと遥さんが笑顔を見せてくれたのでほっとする。
「あのね? 雀ちゃん」
「はい?」
「しばらくバイトが出来なくなるのと、死ぬかもしれない病気にかかるの。どっちがいい?」
「え゛……」
「ねぇどっち?」
しまった……。
遥さんの笑顔で絆されて安心なんかしちゃってたけど、看護師さんだしそりゃ愛想笑いくらい出来る人だ。安心するんじゃなかった……。
「ねぇ? どっち?」
「え、えと……?」
「死ぬか、バイト代減るか」
迫る二択。
それは多分、最近ニュースでよく聞くコロナウイルスに関する話だろう。
それが分かると二人がさっきまで喧嘩していた原因が少し理解できてきた。
看護師である遥さんはきっと、自粛の為にもシャムを閉めたい。けど、店長はそうではない。
店長が店を閉める理由ってのはまだちょっと分からないけれど、さっき、バイトの子達を庇って……みたいな事が聞こえてきたから……たぶんそれが関係あるんだろう。
遥さんに求められた二択の答えを出す前、私はどうするべきかと店長に助けを乞う視線を送った。けれど返されたのは嘆息とオーバーリアクションでの肩を竦めるポーズだった。
これは……きっと、自分の言いたい事言いなさい、って感じなんだと思う。
「ぇ、えと……やっぱり……死ぬよりは、バイト代減る方を選ぶんですけど、でもやっぱりバイト出来ないのはやです」
うん。うん。と相槌を細かく打ってくれながら返答を聞いた遥さんは、「じゃあね?」と人差し指を立てつつ小首を傾げた。
「バイト代減るのと、愛羽ちゃんに持って帰った病気移して自分は治るけど愛羽ちゃんが死んじゃうっての比べたら?」
「バイト代なんていらないですッ!!!」
「よく言った。それでこそ雀ちゃん」
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