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テレワークとテレクラの謎を抱えたまま出勤した私はシャムのドアへ鍵を掛けながら、「あれ?」と呟いた。
シャムは18時から20時までの間お店の営業はしない。だからアルバイトがやってきたら店の玄関に鍵を掛けるんだけど……なんか奥から複数人の気配がする。
一瞬頭には「え? 今日シフト間違ってた……?」などと過ったが、ケータイを取り出してシフトをチェックしてみても、本日の勤務は私で間違いがない。
なんとなく息を潜めて立ち止まっていたけれど、私は歩き出す。
シャムの玄関から奥へ向かって進むほど聞こえてくる話し声。片方はきっと店長だ。店長の今日のシフトは18時から深夜の閉店時まで。
だけどもう一人……? の、誰かが居る。微かに聞こえてくる声の感じで察するにきっと女性だ。
だからお酒やコーヒー豆を運んできてくれる業者のおっちゃんじゃあない。
だったら、誰?
なんか……なんとなく言い争ってるような感じだし……ぇ、店長まさかどっかの女の人といざこざ起こしちゃってるんじゃないだろうな……?
スタッフルームに近付く程はっきりと耳に届いてくる店長ではない女性の声。
「だからそうやって判断を遅らせるのは貴女の悪い癖よ? いつもならわたしがフォローするから好きなだけ悩みなさいって思う所だけど、今回ばかりは無理。全能の神でもあるまいし世界を相手に好き放題してるウィルスが相手じゃあわたしの手に負えないわ」
ん? あれ? この声、遥さんだ。
でもやっぱり言い争ってる……怒ってる……?
そんな中に入って行ってもいいのかなと思ったけど、着替えもあるし、仕方がない。
私はスタッフルームの扉を控えめながらに、ノックした。
遥さんに言い返していた店長の言葉が途中で止まり、どことなく警戒を含んだ他所行きの声が「どうぞ?」と促すので、私は顔が見えるくらいだけドアを開け、中を窺う。
「お疲れ様です……?」
「なんだすーちゃんか」
「ああお疲れさま雀ちゃん」
なんだってなんですか店長、といつもならば噛み付く所だけど……今はちょっと控えておく。
スタッフルームに居たのはやっぱり店長と遥さんだったんだなと納得しながら会釈して、「入ってもいいですか……?」とお伺いを立てる。
おずおずとした私の様子で察したのだろう。遥さんはバツの悪そうな表情を一瞬見せてから「もしかして外まで聞こえてた?」と口元を押さえた。
「えっと……ちょっとだけ」
「こんな所までハルが追いかけてくるからいけないのよ」
苦笑気味に頷く私を手招きした店長が肩を竦める。
その物言いも、仕草も、態度も、いつもの店長だなぁと私は感じたのだが、遥さんの目にはそう映らなかったらしい。
「貴女がさっさと閉めないし逃げ回るから仕事終わりにわざわざ来てるんでしょうが!」
遥さんが、キレた。
ビクと肩を跳ねさせ驚く私に、店長は更衣スペースを指差す。気にせずさっさと着替えてこいという意味だろうけど、こんなにあからさまに怒ってる遥さんは珍しいし、ちょっと怖い。
普段店長と痴話喧嘩をして声を荒げているのは見掛けたりするからなんとも思わないんだけど、これは、今回のお怒りは、なんだか種類が違うっぽい。
結構ガチの、お怒りだ。
少し速くなった心拍を感じながら店長の背後を通り、更衣スペースへと向かう。私が通ったその際ちょっと顔を横へ向けて「アンタに怒ってる訳じゃないんだから安心しなさい」と声を掛けてくれる店長は優しい。
ソファに座る遥さんと対峙し、腕組みの立ち姿はカッコイイくせに、私に気を配ってくる細やかさはやはり相変わらず優しくて不覚にもどきっとしてしまう。
ぺこと頭を下げざまに「はい」と返事をしたものの、「怜」と鋭く飛んでくる声から私は逃げるようそそくさと更衣スペースに滑りこんでカーテンを閉めた。
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