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「え?」
「今なんて?」
それまで腕を掴むな引っ張るな放せと抵抗していた店長が一変して、訊き返してくる。その顔はキョトンとしていて、でも、面白いオモチャを見つけた子供みたいな目をしているが……なんでそんな急に変わったんだ?
「えっと、だからテレクラが何なのか教えてくれなかった……って」
「……アンタ、テレクラが何か知ってんの?」
「知らないから愛羽さんに聞いたんですって」
「どういう会話でそうなるのよ」
「愛羽さんが明日からテレワークになるよって。テレワークってなんですかって。明日になれば分かるよって。テレワークってなんですかって。教えないって。もしかしてテレクラ? って聞いて……って感じの流れでしたけど」
私の説明を聞きながら頷いていた店長は途中で、ぶは、と吹き出して笑い始めたけど……私にはどこが笑い処なのか分かんなくて首を捻るばかりだ。
でも店長はよほど面白いのか、珍しくケラケラ笑い続け、
「頭が同じだからって挙げていい言葉じゃないわよ」
と笑い過ぎて息苦しそうにしながら言ってくる。
そのあと店長は、私がテレクラのワードを出した後の愛羽さんの反応を訊き出して、更に笑っていたけれど、やがて目尻の涙を拭って、私の頭を撫でてきた。
「な、なんです急に」
「笑賃」
「運賃みたいに言わないでください。結局テレクラってなんなんです?」
「教えない」
「えぇー? 店長まで?」
あれだけ笑うってことはきっと店長はテレクラが何なのか知ってるはず。
なのに教えてくれないなんて、いじわるだ。
口を尖らせて不満を露わにしていたからか、笑賃のおまけか。
「金本さんからの説明許可がアタシに出たら教えてあげる」
との申し出。
だけど……。
「え゛……あの、テレクラってそんなヤバイ感じの言葉なんですか……?」
説明許可だなんて。
店長は愛羽さんのことを、私の保護者として見ている節があるし、その人からの許可がないと教えられないなんて……相当ヤバイんじゃないのかテレクラって……。
なんとなく、麻薬とかそういう系のヤバさかと思った私は声を潜めて物知りの店長に尋ねる。と、彼女は大きく大きく頷いて、「そりゃあもうヤバイなんてもんじゃないわよ」と同じよう潜めた声で教えてくれる。
「いい? 金本さんに聞くときも、慎重にいかなきゃだめよ」
「ど、どんな感じに許可取ってくればいいんですか……?」
「まず、ふざけたらダメ。真剣に聞くの」
「は、はい」
「真面目な顔で、正座して。こう聞くの」
店長は潜めた声を私にしっかりと言い聞かせるため、肩を抱いてきた。
「愛羽さん、私、テレクラに興味があるんですけど。って言って聞いてみなさい」
「は、はい。で、その後はなんて続ければ……?」
「その後は黙って、じっと、金本さんの目を見てなさい」
「え……目を、見る……?」
「そ。じーっと見て。真剣さを伝えるのよ」
「あ、なるほど! 分かりました……!」
熱心で丁寧な指導に両手を握り締めて頷くと、抱いた肩を解放しながら店長は復唱を要求してきた。
そ、そこまでさせるなんてやっぱりテレクラってヤバイんだな……!
一言一句間違えず愛羽さんへの言葉を復唱した私に、店長はひとつ注意をした。
「いい? テレクラなんて言葉、よそでは口にしない事。ここでも大学でも。兄弟にも言ったらダメ」
「……愛羽さんにはいいんですか?」
「彼女はアンタの成長の足しになることには協力的でしょう? だからいいの。でも、言っていいのは金本さんだけよ? 分かった?」
「分かりました」
ん。と頷いた店長の言いつけを心に刻みながら、私はいつ愛羽さんから許可をもらってこようかとスケジュールを思い浮かべるのだった。
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