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私のバイト先であるシャムのスタッフルーム。
奥の更衣スペースで制服に着替えた私は、早速抱えた謎を店長にぶつけた。
どんなお客様との話にも対応できるように色んな知識を仕入れていて、慢心することのない店長ならば、テレワークもテレクラも意味を絶対知っているに違いない。
「店長。テレワークってなんですか?」
ソファで隣に座って、ずばり訊く。
「テレワーク? あぁコロナ。金本さんが自宅勤務になったの?」
「え……?」
――え、ちょ……な……え??
話が一気に進み過ぎて辛い。
どういうこと?
やっぱり家でもそうだったように、私はここでも考えている事が筒抜けたらしい。
全く理解できずにいる事を指して、
「あったま悪……」
店長にガチでバカにされた。
くそぅ……これが愛羽さんなら絶対そんな悪口言ってこないのに! 「ちょっと難しかった?」とか言って優しく教えてくれるはずなのに!
「あーハイハイ。アタシが悪かったわアンタのオツムに合わせて話進められなくて。金本さんならもう少し優しく教えてくれるハズよねぇ?」
……ほんっとに、私の頭の中って筒抜けなんだな……。ちょっと自分でも心配になってくるレベルで全部バレてる。
「……そんなに分かりやすいですか? 私の考えてる事って」
真顔で尋ねるけど、真顔で「今更?」と返された。
……なんか、訓練とかした方がいいのかな。鏡に向かって表情筋の動かし方の特訓、とか。
店でお客様に失礼を働いてやしないだろうか。
心配になって自分の顔を手でさすっていると、長い脚を組んで座っていた店長が立ち上がり様に、手を頭にぽんと乗せてきた。
「今の時期テレワークって言えば、出社せず自宅で仕事することよ。まぁ広い意味では会社のオフィスじゃなくてカフェやコワーキングスペースで仕事することも指すけど」
退かない手越しに私は店長を見上げ、与えられた説明に頷いて、やっぱり店長は物知りだなぁと感心する。
「で? ついにコロナウイルスの影響が金本さんの会社にも来て、彼女がテレワークになったの?」
問われて、考えて、初めて、繋がった。
愛羽さんが明日からテレワークになったと報告してくれたその文章の意味を、訳すことができた。
「愛羽さん自宅勤務なんだ!?」
「うるさい」
「ぃでっ」
殴られた、ぐーで。
いててて……。確かに急に大きい声出したのは悪かったけど丁度頭の上に手があったからって殴んなくても……。
「だから最初からそう言ってるし聞いてるでしょうが」
呆れ顔でレジのドロアーを抱えた店長に「仰る通りで明日からテレワークって愛羽さん言ってました……」と返す。
時計で時間を確認すれば、そろそろ店へ出て開店準備をする時間だ。
「アンタ、テレワークが何か分かんないけど分かったフリして話合わせてたの?」
「そんな事しないですよ。分かんなかったから愛羽さんにちゃんと聞いたんですよ? でも明日になったら分かるから、って一向に教えてくれなくて」
スタッフルームから出て、店内。
店長がレジスターにドロアーをがこんと嵌め込んで、こちらを見た。
なぜか、眉頭をぐっと寄せて、舌打ちをしながら。
「それを先に言いなさいよ……」
「え? どうしてですか?」
なんでそんなコワイ顔されるんだと半歩後退りながら問えば、店内BGMのスイッチを入れた店長が腰に手をあてた。
「それ。明日の朝、出勤しない自分の目の前でびっくりしてるアンタの反応、見たかったから黙ってたに決まってるじゃないの」
「あ……ぇええ!? 聞いちゃいましたよ店長!?」
「知らないわよアタシは尋ねられたから答えただけ。責任取らないわよ」
ホラさっさと看板出してきなさい。
指差された指示に従って、店のドアの鍵を開けて、看板を抱えて外へ出る。
あーーー……やばいやっちまった。サプライズクラッシュだ。
思い返してみれば、私が知らない事はいつも優しく教えてくれる愛羽さんが全然教えてくれないなんておかしいと思ったんだ……。でもまさかそこにサプライズが隠れてたなんて思い付きもしなかった。
うあーーーー……やっちゃった……。どうしよう。
バイトはまだ始まったばかりなんだけど足が重い。
10キロずつ重りをつけてるみたいに足があがらない。
それでも出した看板の向きを直し、ずるずると店内へ戻り、「てんちょ~~~……」と情けない声で助けを求める。が、彼女はなにも知らない聞こえないこっちに苦情は一切寄せるなとばかりに両手で耳を塞いだ。
そんな薄情者の隣までズルズルとにじり寄って、私はこの際この件に引き摺り込むだけ引き摺り込んでやろうと、腕を掴む。
「聞いてください店長」
「嫌よ放せ馬鹿力」
「愛羽さんに聞いても教えてくれてない事がもう一個あって」
「聞きたくないっつってんでしょ」
耳栓する手を引き剥がし、抵抗する店長に聞かせてやる。
「テレクラってなんですかって聞いても全然教えてくれなかったんですよ……!」
「あーうるさいうるさ……は?」
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