テレワークパロディ 若者は謎を抱えてバイトへ向かう

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「結局、教えてくれないんですか?」

 私は靴を履いて、一段低い玄関に立ち、愛羽さんを見上げた。

「明日になれば分かるわよ」

 さっきからそればっかりだ、愛羽さん。
 テレクラは違うと否定してきて、じゃあテレワークって何? と聞けば「明日になれば答えは分かる」とはぐらかすばかり。
 気になって仕方ない。
 なら間違って言ったテレクラってどういう意味なんですかと聞いても、なんとなく赤い頬になっておきながら、「知らない」の一点張り。

「うそつきだ」
「知らない」
「絶対その顔は知ってる顔じゃないですか」
「知らない。ほら、早くしないとバイト遅れるわよ」

 そんなふうに準備を急かされて、私は20時からのバイトにテレワークとテレクラの謎を抱えたまま出掛けるのだ。

 玄関にこうして立つと、いつもと逆転した目線の高さ。
 慣れていないからちょっとした違和感と、新鮮さを感じつつ、最後の1回、訊いてみる。

「テレワークってなんですか?」
「さぁなんでしょう?」
「テレクラってなんですか?」
「知りません」

 テレワークに関しては微笑みながら……ていうか、ちょっとにんまりしながらはぐらかすくせに、テレクラとなると、プイってする彼女。
 その態度の差があるのも、謎だ。

 たぶんあと何回訊いても愛羽さんは答えを教えてくれない。彼女の性格からして教えてくれるつもりがあるなら、もうとっくに謎は解明されているだろう。
 彼女がそうしてくれないってことは、明日を大人しく待つしかないんだ。

「謎すぎる……けど諦めて明日を待つことにします」

 気になって仕方がない私は低く唸りつつ観念を述べ、愛羽さんを見上げる。

「いい子。考えてばっかりで途中転んでも危ないからね?」

 そう心配してくれるなら、答え教えてくれたらいいのに。と頭の中で考えてしまったら、筒抜けた。
 どうもまた、思考がばっちり顔に出てたらしい。

「諦めてないじゃないの」

 苦笑の愛羽さんに頬をむにりと抓まれた。

「らっへひひはふんへふほん」
「気にしない、気にしない」

 ”だって気になるんですもん”を聞き取ったのもスゴイ。なんて感心してたら抓んだ両頬と、口にキスが降ってきて。
 文字通り、私より高い位置にいる彼女が降らせてきて。
 ものすごく、私の心臓が跳ねた。

「気をつけて行ってらっしゃい」

 キスなんて数えきれない回数してきたし、それ以上もしたことあるのに。
 そう思うけれど、上から迫られる形でのキスには耐性があまりない。
 狼狽えが数拍の無言を作って、ようやく私は挨拶を返す。

「……いってきます」
「ん? なに、照れてる?」
「てっ、照れてないです」
「え~? 赤い顔に書いてあるけど?」
「いっ、行ってきます!」

 なんでこうもバレちゃうんだよ顔筋もちょっとがんばれよ! なんてツッコミながら、強めにもう一度挨拶したら、笑われた。

「行ってらっしゃい。がんばってね」

 優しい笑顔でそう言ってくれたのに。
 踵を返しかけた私を捕まえて、きっちり、両頬と口にもう一回キスして揶揄ってくる愛羽さんは、いじわるだ。テレワークもテレクラも教えてくれなかったし。

 ……でも。
 やっぱり上からのキスは、きゅんとした。

 私はマンションのエレベータを待ちながら、ハッと閃いた。

「バイト先で聞けばいいんじゃん……!」

 名案過ぎる名案に思わず独り言が漏れるくらい、私は期待を膨らませてエレベータへと乗り込んだ。




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