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パロディ 教師 6
安藤先生のターン
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「う゛」
金本先生に掴まれた服の所為で、足が止まる。
その急停止の影響で頭がぐぁんぐぁんと痛む。思わず顔を顰めて目を閉じたけれど、その頭痛は瞬時に終わらず、まるで頭の中に振り子があるみたいにがーん、がーん、と私の脳を揺らし続けた。
目を閉じてしまったせいか、自分の重心がどこにあるのか分からない。当然、体は服を引っ張る動力に従って後ろへと引かれる。
「ぅ、きゃ」
私をはっと我に還らせたのは、背中から聞こえた小さな悲鳴だった。
気付けば私が金本先生に全体重をかけている。事態を把握すると、私は慌てて体勢を立て直した。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
自分よりも背の低い彼女に体重をかけてしまった、と焦りながら体全体で振り返ると、金本先生は私の体を支えた時の状態のまま、目を丸くしていた。
「金本先生、大丈夫です? どこか痛めました?」
咄嗟に他人を支えるなんて、かなりの衝撃だったと思う。不意を突いた形だったし、本当、申し訳ない。
おたおたと彼女のあがったままの両手を取ってみると、ぎゅっと握り返された。
「あなた、熱あるでしょ」
確信したようなその物言いに、わたしは目を見開いた。
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どうしてバレたのか。
いや別に、バレて困るとかはないんだけど、素直に驚く。
「風邪引いたの? 大丈夫?」
眉尻をさげて矢継ぎ早に質問してくる彼女にたじろぎながら、後ずさると背後のカートにぶつかる。
「あ、ふらふらなんだから動かないの」
「だ、大丈夫ですって。コレ買ったら家戻って薬飲んで寝ますし」
へら、と笑ってみせると、顔を顰められた。
「ご飯は? ちゃんと食べてる? 今日は何食べたの?」
「え、コーンスープだけ」
「食欲は?」
「朝よりはありますけど……」
「家に食材あるの? ていうか作れる状態じゃないでしょ?」
だからレトルト食品買おうとしてたんだけど……。
黙ったままチラと視線を商品棚に泳がせていると、金本先生は数秒、押し黙った。
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「住所、教えて」
「は?」
「安藤先生の住所。そんな状態のあなたを放っておけないわ。生憎車は持っていないからあなたみたいに送ってあげることは出来ないけど」
「いっ、いいですよ、そんなご迷惑になるようなこと」
あまりの剣幕と質問の連続に目を丸くしていたけれど、彼女の言葉の意味を理解した瞬間、頭痛も忘れて首を振った。
直後襲い来る頭痛にぎゅっと眉を顰めると、金本先生は心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ね、そんな状態のあなたを一人にできない」
下からこちらを見上げてくる彼女との距離が意外に近い事に今更、気付く。
普段学校で見る時よりも薄化粧なその顔。香水なのかシャンプーなのか、柔軟剤なのか、何かのいい匂いが漂う。
それに加えて、言われた言葉のやさしさ。
不覚にも……久々に、恋愛的に、ドキリとした。
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至近距離で重なっていた視線を先に解いて、もごもごと断る言葉を述べても、彼女は決して引かなかった。
根負けして住所を教えた後、彼女は行動が早かった。
「タクシー呼んで帰ろう」
と言う彼女をなんとか説得して、私は歩いて帰ることに。
しかしその道中も、ヤバイと思ったら道端にでも座り込んで動かないように、と言いつけられた。
流石にそんな事はしないけれど、「うん」と言わないと帰してもらえそうにないから、素直に頷いておいた。
金本先生はなんでも準備があるからと一度自宅に帰って、私の家に来るらしい。
……なんというか、あれよあれよの間に、彼女のペースで話を進められてしまった。が、まぁ……仕方ない。
ゾンビ状態の思考で人の言いなりになるのは、当たり前と言えば当たり前だ。
何度も心配そうに振り返ってくる金本先生に手を振り、私は買い物袋を片手に帰路についた。
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行きよりも、なんだか体調が悪化している気がする。
暑い日差しの中、ずるずると重たい体を引きずるようにして帰る。
荷物が増えたせいか、足取りは余計重たい。でも、金本先生が来るんだったら、早く家にもどって、ざっと部屋を片付けたい。
今日は一度も窓を開けて空気の入れ替えをしてないし。
そんな事を考えながら歩いていると、携帯電話が震えて着信音を鳴らし始めた。
知らない番号……だけど、このタイミングで掛けてくるのは。
「もしもし」
「安藤先生、大丈夫?」
通話口から聞こえてきたのは、金本先生の声だった。
「大丈夫です。ちゃんと生きてますから」
心配そうな声に小さく笑って言えば、何かゴソゴソと物音が聞こえる。彼女が言っていた”準備”というやつだろうか。
「無事ならいんだけど、辛くなったらわたしに電話するのよ? 分かった?」
「分かりました」
ほんと、心配性だなぁ。
心の中だけで呟いて苦笑する。もう子供じゃないんだから、そんなに心配しなくてもいいのに。と思う一方、一人暮らししていてこんなにも親身になって心配してくれる人は久しぶりで、嬉しい一面もある。
「じゃあ気をつけてね?」
「はい」
ん。と短く相槌を打った金本先生が通話終了ボタンを押した。耳に聞こえるツーツーという音と共に、携帯電話を耳から離すと、ようやく、自宅が見えてきた。
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