=====
パロディ 教師 5
安藤先生のターン
=====
土曜日の朝。
目覚ましに起こされないで済む朝の幸せを噛みしめながら、目を覚まして一番、私は喉の違和感に顔を顰めた。
ごくん、と唾もないのに嚥下動作をしてみるのは、自分の喉の不調具合をみるため。
……ああやっぱり……喉がいたい。
この飲み込んだだけで、痛みを伴って圧迫される飲み込み辛いこの感じ。
「風邪ひいた……」
呟く声も、ガラガラだった。
=====
「あー最悪だ……」
90歳くらいのおばあちゃんみたいな声でぼやきながら、ベッドから這い出す。
床に足をつけるまでの動作で、頭がぐわんぐわんと痛みを訴える。
昨日雨に濡れたあとバスケなんかしたからかなー……。
でもあの子とやったバスケ面白かったなー。
そんな事を考えながら裸足でぺたぺたと歩き、リビングの棚に仕舞ってある体温計をとりだして脇に挟む。
本当はこの状態で動き回ってはいけないんだけど、面倒くさくてそのまま脇を閉めて、薬箱を漁る。
「ラッキー。風邪薬1コ残ってた」
冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップに注いでいると脇からピピピピと体温計が測温終了の合図を鳴らした。
取り出したそれが表示した数字は、38.0℃。
「まぁまぁ高いな」
呟く声はやっぱりおばあちゃんだった。
=====
一人暮らしで一番つらいのは、こういう病気になった時、看病してくれる人がいないという事。
頼れるのは自分だけ。自分の面倒は自分でみなければ。
溜め息をついて、とりあえずお湯を沸かそうとヤカンを火にかける。
「こういう時に恋人がいたらなぁ……」
でもここしばらく、私には恋人が出来ていない。
同性愛者である私が恋人をつくるのは中々難易度の高い事で、稀だ。
前の彼女と別れて……もう1年以上は経つ。
別れたては寂しくて仕方なかったけれど、これだけ時間が経てば失恋の痛手も癒えて、むしろ、人恋しさがなくなってくる。
ひとりで居る事が苦ではなくなってくるのだ。
だけど、病気となると、話は別。
自分の看病をして欲しいという以前に、人間の温もりが欲しくて、恋人を探そうかなという気になってくる。
=====
ゴボゴボとお湯が沸き、私は火を止めた。
とりあえず、スープか何か飲んで、寝よう。
本当は食欲なんてないんだけど、すきっ腹で寝ていても体力は消耗するばかりだ。
すこしでも何か食べて、あとは大人しく寝ていよう。
わたしはコーンスープの袋を破りマグカップにいれて、湯を注いだ。
=====
「……う゛ー……」
呻き声に、はっと意識が浮上する。
温かい泥の中からずずずずと引き上げられていくような妙な感覚と共に、目が覚めた。
時計を見れば、2時半。
コーンスープを飲んだあと、結構な時間眠っていたみたいだ。
寝転がったままぼんやりとしていると、なんだか息苦しい。鼻を啜ってみると、詰まっていて空気が入ってこなかった。
起き上がって鼻水をかんだら、少し息が通るようになったけれど、やはり苦しい。
多分、無意識に苦しくて呻いていたんだと思う。
ふらつきながらも立ち上って、リビングのテーブルに投げていた体温計を脇に挟んだ。
そうしながら朝のように麦茶をコップに注いで、少しずつ飲む。
鼻がつまっていると、こうしてお茶を飲むことさえすんなりと出来ずに苦労してしまう。
ピピピピと鳴る体温計を取り出すと、38.2℃。
……これは、ヤバイ。
あれだけ寝て熱が下がらないどころか、上がっているし、薬のストックもない……。
悩んだ挙句、私はドラッグストアへ買い物に行くことにした。
=====
うちの近くには安いドラッグストアがある。
けれど、逆に、コンビニはない。
あれだけ世の中に点在しているコンビニがないとはどういう事だと思うけれど、まぁ無いものは無いんだから仕方ない。
流石にあれだけ熱があって車を運転する気にはなれないから、仕方なく歩きで、ドラッグストアへ向かう。
ゾンビみたいに歩いている自分の姿を想像するとおかしくなるけれど、ここで一人で笑ったらもう人も寄り付かなくなるくらい気持ち悪い人間になるから、我慢する。
……どうして熱が出ると、こうもどうでもいい事をだらだら考え続けてしまうのか。
溜め息をつくと、自分の息が熱い。
試しに額に手をあててみると、結構熱かった。
=====
健康状態の私が歩いて5分ほどのドラッグストアへ、ゾンビ状態の私は15分かけて到着した。
38℃って言ってもまぁ歩くだけなら大丈夫だろ、と思ってきたけれど、自殺行為だったかもしれない。
普段は使わないカートをゴロゴロと押しながら、ほとんどの体重を預けて歩く。
まず向かったのは風邪薬のコーナー。
こういうものは値段が効き目を表していると信じて、私は一番高い薬をカゴに入れた。
それから粉タイプのスポーツドリンクを探す。水と混ぜて、自分でスポーツドリンクを作るやつ。
本当はそんな面倒な事をやりたくないんだけど、15分かけてまた家へ帰らなきゃいけないから、極力重たいものは持ちたくない。
=====
ええとあとは……何かすぐ食べれるもの。電子レンジで温めたらすぐ食べれる的な……。
冷凍食品? いや帰るまでに溶けそうだな……。
レトルト食品? の、カレー……? は結構刺激物だけど……ボンカレーならこの喉でもいけるか……?
うわどうしよう、考える力すらなくなってきたぞ早く帰ろう。
「あら? 安藤先生?」
とりあえず、この何とかレンジャーの子供向けカレーなら多分刺激なんてないだろうし。
「安藤せんせ」
「え?」
トントン、と肩を叩かれて、初めて気が付く。
すぐ隣に、金本先生が立っていた。
=====
見下ろした彼女は、いつも学校で見るような服装じゃなくて、ラフな出で立ちで買い物カゴを腕に引っ掛けている。
「あ……かねもと、せんせい」
おはようございます。と笑ってみせると、「おはよう、でももうお昼過ぎてるわよ?」なんて爽やかな笑顔を浴びせられた。
あああゾンビな私にはそんな笑顔もったいない。なんて自分でもよく解らない事を考えながら、カレーの棚から手を引いた。
流石に、職場の人間がいる前で、子供用カレーはカゴに入れられない。
「まさかこんな所で会うなんてね。ていうか、今まで同じお店に来てたのね」
「住んでるの、近所ですもんね。ここ、安いし」
「そうなのよ。安いのよね」
主婦みたいな口ぶりで話す彼女だけど……ゾンビに長時間会話はきつい。
なんとか笑顔を保って相槌をうつと、そそくさとカートの向きを変えた。
向かう先はレジ。この後お茶でもどう? とか言われないうちに逃げないと。
「じゃあ、また月曜日学校で。失礼します」
最後に気力を振り絞って笑顔を作り会釈して、わたしはカートを押し始めた。
よし、脱出成功、このままレジに。
「待って」
背中の服を、捕まれた。
=====
コメント