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「保健室……?」
ドアの上。
掲げられた古びたプレートにはそう書かれているし、そのドアの横の掲示板にはいくつも貼り紙がなされていて、内容は手洗いをしようだのうがいの大切さだの、健康に関するものばかりだ。
ここが保健室で間違いはないだろうけど、どうして今ここに?
連れて来られた理由を問うよう安藤先輩へ視線を向ければ、保健室を指差していた人差し指が、わたしの左足を指す。
「え」
「足、捻挫してるでしょ?」
捻挫はよくないよ、あれは癖になるから。と眉間に皺を寄せる先輩は、いつ、わたしの足の状態に気付いたのか。
びっくりして「なんで……」と敬語も忘れて口走れば、先輩はわたしが階段から飛び降りた音を聞いたのだと言う。
「あの階段のとこT字路状態じゃん? たぶん丁度飛び降りて、捻ってケンケンしてたとこくらいから、横から見てた。そのあとはずっと後ろついて歩いてたし」
「こ、声掛けてくださいよ……っ」
――見られてたの……っ!?
恥ずかしさから相手を責めるように言い放つが、安藤先輩は後ろ頭を掻きながら「いやぁ……流石に見ず知らずの1年に声掛けられる程社交的ではなくて」と苦笑を見せる。
……確かにまぁ……そうかもしれないけど。
見られていた方としては、恥ずかしくてしかたない。
「まぁほら、湿布もらうのは、ついでだと思って」
「ついで……?」
ついで、って……他になんの用事がここにあるの?
わたしの羞恥を紛らわせるかのように言ってくれる先輩は保健室のドアをまた指差しながら教えてくれた。
「バスケやってるとそれなりに怪我するし、マネージャーには怪我人の手当てとかしてもらうし、アイシングとか、テーピングもしてもらう事になるんだ。そのやり方を保健室の先生に教えてもらうからたぶん、しょっちゅう来る事になる場所だよ。だから、紹介も兼ねて、ってことで」
なるほどと納得を得ると同時に、うわぁそんな仕事がマネージャーにはあるんだ……と不安も湧く。
そんなわたしを他所に、安藤先輩はこんこんこんと保健室のドアを迷いもなくノックして開けた。
「しつれーします」
訪れる事に慣れているのか、先輩はすこし砕けたような言葉遣いで入室の挨拶をして、足を踏み入れる。わたしも続いて、挨拶と入室をすれば、「あら、いらっしゃい」と「なに。アンタまだサボってんの?」と「あれ先生?」と、3つの台詞が重なって聞こえた。
「……」
安藤先輩が居るとは言え、初めて踏み入れる特殊な部屋に緊張しながら後ろ手にドアを閉める。並行して、保健室を見回してみると……そこには、教師らしき人が二人、居た。
一人は、保健室の先生だろう。
ふんわりウェーブの茶髪を柔らかくひとつくくりにして、白衣を着ている女性。
もう一人は、ストレートの黒髪ロング。
ライトグレーのパンツに、黒のリブニット。パンツの感じからしてセットアップだろう。ジャケットは見当たらないので今脱いでいるんだろうけれど……一目で分かるスタイルの良さ。
腰の位置が高い。脚が長い。スーツが似合う。しかも体のラインがばっちり出るリブニットを着ていてあの胸……おっきい……茶色のベルトが巻いてある腰細いのにあの胸……どういうこと……。
ちんちくりんな自分との差に愕然とするわたしをよそに、安藤先輩は迷いもなく部屋の中へずかずかと歩みを進めながら「サボってないです。サボってるのは井出野先生の方じゃないですか」と、黒髪の先生へと言う。
この人が井出野先生……?
あー……式典とかで見たことあるような……ないような……。
見た事がないってことは、もしかすると、他学年を担当している教師なのかもしれない。
わたし達1年生は、まだ、担任、副担任。それぞれの教科担当教員くらいしか顔をあわせたことがない。だから知らない先生がけっこういるのだ。
「早く着替えて来てくださいよ」
「アタシは仕事してんの。ただの部長と違って色々あんのよこっちは」
教師に対して結構ズケズケと物を言う安藤先輩に軽く目を丸くしていると、負けじと井出野先生が言い返してくる。
……仲悪いの……? と思ってしまうようなやり取りを目の当たりにしてひるむわたしだけど、特に口出しも出来ずに、成り行きを見守る。と、そこに割って入ったのは、保健室の先生だった。
「ハイハイいつも通り二人共相思相愛はよーくわかったけど、じゃれなくていいから。で? 雀ちゃん、ご用はなぁに?」
こちらはどうやら、優しい先生のようだ。
保健室の先生らしく物腰は柔らかだし、たぶん……「すずめちゃん」と言ったから、安藤先輩を下の名前で呼んでいるみたい。
にしても……「すずめ」って……先輩が自己紹介してくれた時にも聞いたからあだ名とかではなくて本名だと思うけれど……かなり珍しい名前よねぇ。
わたしも、人の事は言えない名前してるんだけど。
「あ。そうだ。水守先生、怪我人です」
安藤先輩は半身になって、背後にいたわたしを保健室の先生の視線にさらし、前へ出るよう手で促した。
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