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物凄く丁寧な挨拶を女子バスケットボール部の部長さんから受けて、すぐのことだ。
「じゃあ、こっち」
指で示されたのは、女子バスケットボール部が練習をしている体育館ではなくて、その逆。
わたしが今し方走ってきた方向――校舎だった。
部長さんこと安藤先輩はわたしの背後に現れた。ということは、彼女も体育館を目的地として来ていたんだろうと予測していたんだけど……反対を指差した後は、二歩程歩き出して立ち止まり、こちらを振り返っている。
そっちに……行くの?
一瞬きょとんとしたわたしだけれど、安藤先輩が待ってくれている様子を見て、慌てて後を追う。
「ゆっくりでいいよ」
焦った様子を見てか、歩きながら、安藤先輩はそう言ってくれた。
彼女に捻挫寸前の足の事は報告していないが、その気遣いはありがたい。
わたしはペコと会釈のように頭を下げて、彼女の隣に並んだ。
突然現れた安藤先輩との会話の最中は、驚きなどで痛みも忘れていたけれど、歩き出せば、少しだけ痛む。
ぢり、ぢり、と歩く度に焦げるような鈍痛が生じる左の足首。
痛みを忘れよう、意識を他に向けよう。
そんな魂胆で思考を馳せたのは、この後の行先だった。
――どこに向かっているのかしら?
今はクラブ見学の最中。
だけど部長である彼女は体育館内へいなかった。すでにジャージ姿なところを見るに、委員会会議に出席していたとは思い難い。
先程言っていたマネージャー不在の為発生した仕事をしている最中だったのか、それとも何か他の用事で体育館から去っていたのだろうか。
まぁでも、彼女がどうしてあの場に現れたのか。それを考えてもわたしがどこに連れて行かれているのか。その事のヒントとなりはしないようだ。
「金本さんは、委員会に入ってたりするの?」
「えっ、あ、はい。風紀委員になってます」
考えの最中ふにこちらを見下ろされて一瞬立ち止まるものの、受け答えはなんとか出来た。
さっき名乗ったばかりなのに、すんなりと名前を呼ばれ、加えて、下級生相手に「さん」を付けて呼んでくれたことに、すこし感動する。
なにせ、わたしが中学生の頃所属していた美術部は先輩が後輩を呼び捨てするのは当たり前だったし、わたし自身が運動部に所属した経験はないものの、見聞きしていた限り、先輩が後輩を呼び捨てるのは当たり前の風潮があった。
女子バスケットボール部なんて、運動部の中の運動部みたいなものだ。
それなのに、組織の頂点である部長さんがこんなにも丁寧に喋ってくれるだなんて、驚く。
あ、でも……わたしがマネージャーになりたい、って言ったから、丁寧なのかも。
選手に対しては、すごく厳しいとかかしら……?
「風紀か~、朝の服装チェックに居るんだね」
「隔週の月曜の朝……でしたっけ?」
「そうそう。あれをかいくぐる為に皆頑張ってるから、金本さんも頑張ってね取締り」
にひ、と悪戯っぽく笑っているところをみると、安藤先輩はどうやら心当たりがあるらしい。
彼女が制服を着ている姿を見たことはまだない。
だから真相は分からないけど、着崩しているのか、それとも不要なアクセサリーを付けているのか……はたまた彼女自身の話ではなくて友人にそういう方がいるのか。
今現在は見たところ、ピアスやネックレスは見当たらないけど……?
「1年の1学期なんて、委員会とかやりたくない人だらけじゃなかった?」
バスケットボール部らしい短い髪から覗く耳を見上げ、そこに穴が無い事を観察していると続けて質問が寄越される。
「なんで風紀委員になったの?」
確かに彼女の言う通り、そういうのを決める為のホームルームはかなり難航した。
学級委員など特に誰もやりたがらないし、他の委員もなかなか、誰が担当するのかが決まらなかった。
だけどわたしは中学校の時に学習したのだ。
どの学年も、1学期やっておいた方が得だ、と。
なぜなら、1クラス30人以上の人員があるのだから、単純に考えて、2学期、3学期、担当委員決めの時にはやってない人から選出されていく。
そして、1年も2年も3年も、大概1学期は行事が少ない。
特にこの高校は、体育祭が初夏あたりではなく10月に行われる。だから主だった行事はオリエンテーション旅行……いわゆる、入学後付近にある合宿だけだ。
だからわたしは1学期を選んだし、隔週の月曜の朝ちょっと早く学校へ行くだけでいい風紀委員を選んだ。
が、こんな下心……というか打算満載の真意を、この部長さんに教える気はない。
「ん、と……簡単そうだったから……です……?」
ぼかすように言ってみせると、安藤先輩はこちらを見下ろして、「ふぅん?」と笑う。
その「ふぅん?」は絶対に相槌ではなくて、にんまりした何かを含む物だ。
現ににやついているし、「金本さんは賢いんだなぁ」と意味深に言ってくるのだから……たぶん、わたしの打算は全部彼女に筒抜けになってしまったような気がする。
簡単そうだったから、としか言っていないのに……と口を尖らせるわたしの隣で、先輩はちょっと笑って、右手を上げた。
長い指のひとつ。人差し指を立ててそれを向けたのは――
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