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「ん?」
「ぁ、あの……選手としてじゃなくて、マネージャーに……興味があって……」
「え! マネージャー!?」
対面しているのがあの時の部長さんだと思うと、言葉が尻すぼみになってしまう。
妙にどきどきして落ち着かないのは、この人の顔面がモデル並みに整っているうえ、背も高くてスタイルがいいからだろう。
ギリギリ140センチ台の身長をキープし続けてしまっているわたしとは全く違う。
そんな彼女は、目に見えて分かるくらいに顔や雰囲気をキラキラさせ始めながら、わたしに向き直り「マジで? マネージャー?」と何度も確認を取ってくる。
――これは……歓迎、されてる……?
「あの、ルールとか全然わからないんですけど、一応……マネージャーしたいなって……」
「うち? うちで合ってる? 男バスじゃなくてっ?」
「だん……? あ、男子バスケットボール部じゃなくて、です」
部長さんが言った「だんばす」というのが何を示しているか一瞬分からなかったけれど、それが男子バスケットボール部のことだと理解し、わたしが首を振れば、感極まったように、部長さんはわたしに歩み寄ってきて、手を取った。
「ありがとう! めっちゃ助かる!!」
「え……」
「伊東君のせいで男バスのマネージャーはすげぇ充実してるし、こっちから抜けていくし困ってたんだ」
困っ……え、困ってるのは今のわたしなんですけど、と半ばパニックの頭で思う。
だっ、だって、手……手!! 握ってるっ!!?
「今1人もマネージャーいなくなって色んな仕事が選手に回ってきてて、練習して欲しいし1年に任せっきりには出来なくて私がやってるんだけどすげぇ色々あって大変で……! マジでうれしい、助かる、ありがとう!」
ぎゅっ、ぎゅっ、と強く握ってくる手は大きくて、指が長い。
この手が、あの大きなバスケットボールを掴んで、ゴールにダンクシュートを叩き込んだのかと思うと、余計、ドキドキする。
「あのっ、る、ルールとか、仕事とか全然わからなくて……っ」
「教える! スコアもモップがけも、マジでなんでも教えるから! 頼む! マネージャーやって!?」
持っていた紙の束を脇で挟み、部長さんは両手を顔の前でパンと合わせ、目を閉じて私を拝んだ。
わたしは場違いにも、”わ……睫毛長い……”なんて、彼女の容姿に目を奪われていたんだけれど、部長さんは恐る恐ると云うよう片方の瞼を開く。
「……だめ?」
尋ねられ、また場違いにも、きゅんと胸をときめかせ、狼狽えた。
――な……なんで、こんなドキドキするの……!?
自問に対する答えを探す間は、無いみたい。
「だめかな……?」
わ、わたしが黙ってるからだろうけど、部長さんがどんどん、萎んでいく。
漫画で言うなら、バックに”しゅん……”と文字が描かれてそうなくらい、とても分かり易く、がっかり方面に表情や雰囲気が移っている。
それをちょっとかわいいと思ってしまうのは、やはり場違いか。
「えっと」
しかし、これ以上黙っているのは申し訳ない。
こんなにもお願いしてくれているのだし、元々、マネージャーを希望して、見学希望だったのだから。
「だめじゃ、ないです」
わたしの答えに、部長さんの目が輝きはじめる。
「マジで……!?」
「はい。よろしくお願いします」
わたしが頭を下げれば、合掌していた両手をぐーにして握り、いわゆるガッツポーズを取った彼女は、ほんとに、心の底からうれしそう。
……そんなに色んな仕事があって大変だったのかな……と不安も過るけれど……まぁ、今は、いっか。
この人がいろいろちゃんと教えてくれるって言ってたし。
にしても……この人。
先日のクラブ紹介の時にはあんまり発言しなかったし、にこにこもしてなかったけど……。
すっごい笑顔だ……。
笑顔っていうか、それだけじゃなく、他の表情も豊かだなぁとこの数分で思わせるくらいに、感情を表に出す人みたい。
さっきまではマネージャーが決まって嬉しそうにしてたけど、今は、仕事の担い手が来て安心したのか、ほっとしてる感じの顔してる。
元々の面立ちは中性的ではある。でも、可愛いか美人で言えばどっち? と二択を迫られると、後者だと思う。
そんな人だが、表情が豊かなので近寄りがたさはあまりない。……いや、話しをして、近寄りがたさがなくなった、と言った方が正確だ。
昨日までは、だいぶ、近寄りがたい部長さんかなと思ってたもん。
けど、良かった。こういう感じの人で。
部長さんは部長さんで。
わたしはわたしで。
互いにほっとしながら、長身の彼女を見上げていると「あ。」と部長さんが何かに気が付き、短く声をあげた。
「ごめん。自己紹介もまだだった」
後ろ頭を掻きながら苦笑した部長さんが、紙の束を握ったまま、両手を体側につけて”気を付け”をした。
「女子バスケットボール部の部長やらせてもらってます。安藤雀です。これから色々お世話になると思いますが、よろしくお願いします」
新入生であり、数コ年下のわたしに向かって丁寧に挨拶をした彼女は、深々と、頭をさげた。
挨拶の中には「すずめ」と聞こえた部分があり、んん? と思わないでもなかったけれど、わたしはまさかの丁寧なご挨拶に狼狽え、それどころではなかった。
頭をあげてください、とか。
1年の金本愛羽です、とか。
よろしくお願いします、とか。
いろいろ言った気がするけれど、この時の事をあとから思い出そうとしても、あんまり覚えてなくてダメだった。
でも、この日、初めて部長――安藤先輩と喋ったっていうのは、何年経っても、何十年経っても、たぶん一生忘れないだろうなって、思ってる。
そのくらい、この人はわたしの人生において、重要なひとになったのだ。
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