===============
高校にもなってそれって要る……?
そう思ったのは、わたし達入学したての1年生が体育館へ集められ、目の前で各部の紹介を行われる――いわゆる、クラブ紹介、という行事? についてだった。
なにせもう高校生。
わたしが進学したこの高校は、クラブ活動は強制ではない。
入りたければ入ればいい。その気がないならば、なんの部活動もせず授業が終われば即座に帰路へ着ける帰宅部で一向にかまわない。
そういうスタンスの学校のくせに、クラブ紹介とか必要……?
無駄なことするなぁ……。
わたしは硬い床の上で三角座りをして、次々と繰り広げられてゆく先輩達の渾身のアピールをぼんやりと眺めていた。
なにせわたしは帰宅部希望。
だからまったく興味のない紹介を延々とされても、眠気ばかりが増す。
やりたい人だけ集めてすればいいのに、とか。
帰宅部希望者はせめて教室で自習にすればいいのに、とか。
欠伸をかみ殺しながら、ぼんやりすること数十分。
今度は女子バスケットボール部の紹介が始まった。……と思ったんだけど……?
あれ? 司会の先生もさっき、「次は女子バスケットボール部です」って言ったよね……?
なのになんでトランポリン?
わたしと同じような疑問を持った生徒は多く居たようで、すこしざわざわしてる。
そんな中、涼しい顔……じゃないな。なんかこう……企んでます、的にニヤついた顔をした先輩二人が大きめのマットとトランポリンを設置して、その脇にしゃがむ。トランポリンの脚を握っておいて固定する係を務めるらしい。
ゴールの下にはマットが敷いてあるし……あー……トランポリンでジャンプしてゴールを決める、的な感じのパフォーマンスをするのかもしれない。
この体育館を見渡すと、バスケットのゴールは合計6つある。
床に記されたラインを見ると、ハーフコートが2つ横並びにある。もちろんその両端にゴールはある。
そして体育館全体を独り占めするような形で全面コートがひとつ。これはハーフコート2つを跨ぐというか、潰すというか、上に重なる場所にある。
ハーフコートのゴールは壁にくっついているけれど、全面コートのゴールは天井から骨組みを作った末端に板があり、赤いゴール枠が設置されている。
なので合計6つのゴールが存在するのだけれど、わたし達1年生が整列して座っているのは、体育館の真ん中。
丁度全面コートの内側だ。先程の男子バスケットボール部のように、壁際のゴールを使用して、女子バスケットボール部もなにかパフォーマンスをするのだろう。
が、男子バスケットボール部とは違いトランポリンを使うらしい。
だとしたら、なかなか1年生の興味を引くのが上手い。
さっき男子バスケットボール部のアピールがあったけれど、ユニフォームを着込んだ5人の先輩が順番にシュートをするという内容だったし、5人中2人がシュートを外した。
緊張したんだよ! と外した先輩は叫んで笑いを取って、なんとかうまくおさまっていたけれど、まぁありきたりなアピールのやり方だなぁとわたしは眺めていた。
だって、中学の時、そういうの見たもの。
同じことをされても、ねぇ……? って感じ。
だけどこの女子バスケットボール部はなかなかに、人の眠気を醒まさせるのが上手なのかもしれない。
いきなりトランポリンを見せられて、わたし達は少なからずざわついた。興味をもった。首を伸ばすようにして前を見ている生徒もいるくらいだ。
なにが起きるのだろう?
その期待を抱かせた女子バスケットボール部の部員が、体育館後方のドアから5人、入場してきた。
男子バスケットボール部と同様にユニフォームを着込んでいるが、小走りだ。
まるで、アップをしているような感じだけど……なぜか、先頭を走る人がホイッスルを吹いていて、サンバのリズムを奏でている……。
あのホイッスルの人が部長……?
だとしたら随分、弾けた感じの部長なのね……?
5人はわたし達1年生の前まで来ると、横一列に整列して、深くお辞儀をした。
皆、わたしと違って背が高い。中でも一番後ろの人はおっきい。
それからすぐに、ホイッスルの人が「起立!!」と大きな声で叫び、わたし達は立たされ、分断された。
どうも、男子バスケットボール部が使った壁際のゴールではなくて体育館の真ん中のラインにある、全面コートのゴールを使用したかったようだが……。
だったらなぜあの壁際のゴール下へトランポリンとマットを用意したのかと疑問を抱くけれど、その答えはすぐに得られた。
「おぉい武藤……勝手なことするな」
「いやぁだってセンセイ。ちゃんと見える所で見てもらいたいじゃないっスか」
司会の先生と、ホイッスルの先輩が喋っているのが聞こえた。
どうやら、わたし達1年生を立たせて、体育館の左右へ分けて座らせたのは女子バスケットボール部の武藤先輩が勝手に行ったことらしい。
たぶん……ほんとは、男子バスケットボール部みたいに壁際のゴールを使わなきゃいけなかったっぽい。
が、押し切る形で全面コートのゴールを使用できるように陣形を整えたみたいだ。
やることが派手な部らしいと小さく笑いながら床へ座りスカートを整えていると、ゴール下のマットも、その手前のトランポリンも設置され、準備が整ったようだ。
ホイッスルの人こと武藤先輩を先頭に、女子バスケットボール部の5人がトランポリンから離れた位置に並ぶ。丁度、目指すゴールの反対側のゴール下あたりだ。
ボールは武藤先輩しか持っていないから、ひとつしかない。
先輩はホイッスルを吹いて注目を集めると、大仰な仕草で列の一番後ろに立っていた――あの一番背が大きかった先輩を指差した。
「あの人が部内で一番バスケ上手くて、部長でーす! 最後に部長がダンク決めるんで、外れたらブーイングお願いしまーす。万が一決まったら、拍手でー!」
「なんで万が一なん――」
ぴぃーーーと部長の文句をホイッスルで掻き消し、武藤先輩は、手拍子を煽った。
ぱん、ぱん、ぱん、と自ら手を叩きながらホイッスルも同じように吹き、座っている1年皆が揃って手拍子をし始めた頃には、自分の後ろへ並ぶ面子と視線を合わせ、準備OKとばかりに頷き合ったあと、ボールを床でバウンドさせ始めた。
立ち止まった状態でのドリブルは、手拍子と同じリズム。
だむ、だむ、だむ、と強くつく振動。
おふざけが好きそうな武藤先輩の顔からにやついた表情が消え、やがて吹いていたホイッスルも口から外す。紐で繋がれ首からぶら下がったそれが彼女の胸元で揺れたと同時に、武藤先輩は走り出した。
トランポリンに向かって一直線。武藤先輩の後ろにいた人達は少し遅れてスタートを切る。
ひとつしかないボールをどう使うのか、1年皆が固唾を飲み、そして手拍子でエールを送りつつ見守った。
武藤先輩はトランポリンの手前でボールを片手で持った。大きく開いた手はボールを鷲掴みして、そのままジャンプ。
トランポリンによって大きく跳び上がった彼女はボールを投げる。それはまるでドッヂボールの投げ方に似ていたし、そんなものでゴールにシュートが入るのか? と思わせる軌跡をたどる。
いやでも、明らかに、ズレている。このままでは絶対にシュートなんて入らない。
誰の目にも明らかで皆の胸へ不安が湧いた瞬間、ボールは、ゴールの網がくっついている板に強くあたり、マットへ着地するよう下降し始めた武藤先輩の背後方向へと大きく撥ね返された。
普通の試合ならそこからリバウンド合戦となるところだろう。が、これはクラブ紹介のアピールタイム。
ボールを取る必要はない、が、武藤先輩の後ろを走ってきていて、トランポリンでジャンプした先輩が撥ね返されたボールを空中で捕らえ、また板に投げつけた。
同じようにドッヂボールみたいに投げつけられたそれはゴールにシュートとならず、武藤先輩の時同様に撥ね返され、飛んでいく。
しかしそのまた後ろを走ってきていて、トランポリンでジャンプした別の先輩がそのボールを捕らえ、板に投げつける。
これ……。
最初からシュートが目的じゃなくて、わざと板に当てて後ろの人へパスしてるって事……!?
閃くように思い付いたわたしの考えは、正解だった。
武藤先輩から始まった、ゴール板を経由したパスは4回続いた。
運動が得意ではないわたしには、そのパスがどのくらいの練習の末に完成したものかは、具体的には分からなかった。でも、きっと、かなり練習しないと出来ないんじゃないの? と思う。
なにせ、トランポリンでジャンプして、撥ね返る軌道を正しく推測してボールを投げつけて、後ろの人の手元へ送るのだ。そう簡単なことではない。
そのうえ、武藤先輩以外は空中でボールを受け止めてまた投げるのだ。
それだって、相当難しいはず。
あれ? でも一番最後部長がダンクって言ってなかった? え!? この流れでダンクシュート!?
そんなの出来るの!? とわたしが目を剥いたのと、トランポリンで人一倍高くジャンプした部長がボールを空中でキャッチしたのは、同時だった。
瞬きも忘れ、見つめる。
その人が、長い腕を伸ばし、ボールを、ゴールに叩き入れる瞬間を。
武藤先輩が万が一と言っていたダンクシュートの完遂に、おおおおお!! と1年が歓声をあげ、拍手を送る。
両手でゴールを握ってぶら下がっていた部長は、マットの上へとすんと降り立つと、くるりと振り返り、お辞儀。
顔をあげた彼女は、やっと部長らしく喋った。
「女子バスケットボール部に興味を持った人は、見学に来てください。初心者でも歓迎ですけど、扱くんで覚悟して入部してください。あ、マネージャーも募集してるんで、ぜひよろしくお願いします!」
よろしくお願いしま~す、と他の6人も追いかけるように声を合わせ、お辞儀をして、女子バスケットボール部はトランポリンやマット、ボールを回収して体育館から退場して行った。
わたし達は興奮冷めやらぬ状態で、ぞろぞろと中央へと整列しなおしていたけれど……その中でわたしと同じ考えを持つ人がいるかどうか、不安だった。
マネージャー……なりたい。
でも、バスケのルールも分からないわたしに、務まるのかな……。
他にマネージャーになりたい人がいて、バスケにも詳しい人なら……わたし断られるよね……。
ああ……でも。
――もっと、あの人を見ていたい。
一番背が高くて、バスケが上手いらしくて、部長の、あの人。
名前もしらないけれど……、あの人がゴールするところを、もっともっと、見たいと思った。
===============
コメント