隣恋Ⅲ~戦士の休息を見守りながら~ 1話


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 ~ 戦士の休息を見守りながら 1 ~

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 ”キスをする”なんて表現よりは”唇を奪われた”という表現の方がいくらか、しっくりくる。
 大好きな恋人の愛羽さんにそんなふうに襲われつつ、彼女の柔らかな唇の下で、その性急さに息を呑んだ。

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 ――いや、違う。落ち着け落ち着け。

 ドック、と一度大きく跳ねた心臓に命ずる。
 だってきっと違う。この性急さや、同じベッドで寝たがる理由、それは疲れて早く眠りたいからだ。

 ――これからセックスが始まるとかそんな都合のいい事ある訳ないだろ落ち着け。

 私みたいに、いつもと同じような日常を送って、程々の疲労感を抱えつつも大好きな恋人の肌の温もりにムラッときて、抑圧されていた色欲が滾りかけている訳じゃない。

 なにせ彼女は、昨日の夜遅く仕事へ出掛けて、そのまま徹夜をして、つい1時間前まで接待をしていたんだから。
 ずっと働き通し。だから体力の限界。眠気のピーク。性欲なんか欠片も存在していない。

 ――だから、これはただの、おやすみのキスなんだってば……!

 頭の中で叫ぶ。自分の色欲に対して、消火器を噴射したい。
 ていうか、イメージではもうすでに、キャンプファイヤーみたいに組まれた丸太がメラメラと燃え上がっててその横でミニ雀が消火器をよいせこらせと運んできて、ぶっふぉ! と炎に向かって噴射させている。

 だがしかし、消えない。

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 それどころか。

「……ん…」

 小さく小さく零れた声。いつ聞いても可愛らしいその声だが、今は眠気のあまりどこか気だるげで甘え盛りの子猫のようで、吐息混じり。
 何を思ったのか、愛羽さんは軽く身動ぎしたあと、少し離した唇をもう一度くっつけて、主に私の下唇をちゅぅと吸う。

 燃え上がる、キャンプファイヤー。

 その炎の勢いにミニ雀が、消火器を放り投げて、逃げ出した。

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 ――だから、逃げようと思ったのに。

 内心愛羽さんに文句をぶつける。
 蓉子さんから連絡が来て、とんで迎えに行った帰りの車で、随分と疲労を滲ませて、眠気を堪える彼女をみていた。

 寝てもいいですよ、というのに、きっと私に気を遣ったのだろう。寝まい寝まいと舟を漕ぐその姿は可愛いかったものの、気の毒で仕方なかった。

 だから今日は絶対セックスできないぞ。でも、このメチャクチャ眠たそうな愛羽さんが、ちゃんとベッドまで辿り着けるか心配だ。

 そう考えたわたしは、ベランダのドアの鍵を開けておくことを言いつけて玄関で別れた。
 自分の風呂も急いで済ませて、彼女にいつも注意される髪の生乾きもないように、しっかりと乾かした。超特急で。

 そしてベランダの仕切り板の穴を通り、この部屋にやってきたわたしは浴室へと続く扉の前で、失礼ながら耳をそばだて、寝落ちせずに活動していることを確認して、やっとソファに身を落ち着けたのである。

 それから、さっぱりした顔で出てきた愛羽さんにただいまと満面の笑みで言われて感極まり、ドライヤーの暇さえ与えず抱き竦めてしまい、彼女の眠気を誘ってしまったのは失敗だった。が、自力で眠りから覚めてくれた愛羽さんに感謝しつつ、お詫びも兼ねて彼女の髪にドライヤーをあてた。

 髪から水気を飛ばしていけば、サラサラの感触が気持ちいい。
 この髪が汗で肌に張り付くとエロいんだよな、と記憶の引き出しから溢れてくる色欲のカケラを堪える。

 ドライヤーが終わったら自分の部屋帰ろう。これだけ眠そうにしてたら、適当な言い訳つければ帰れるはず。
 そう踏んで、ドライヤーのスイッチを切ったわたしに向けられた笑顔に、また一段とときめいたのは私だけの秘密だ。

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 愛羽さんがいれてくれたお茶をがぶがぶと飲んで、なんとかざわめく心を落ち着かせた私は、そそくさと自分の部屋へ向け、逃げ出した。
 このまま同じ部屋に居ては、性欲に負けて、襲ってしまいそうだから。
 寝かせてあげなければ、と分かっているから。

 だというのに、この彼女は。

『やだ。一緒に寝て』
『疲れてるから、一緒に寝たいの』
『……逃げちゃ駄目だからね』
『今夜はここに居て』
『おねがい』

 可愛い台詞をこれでもかというくらいぶつけてくる。
 溢れる大好きの気持ちに混ざって、色欲がどんどん膨れ上がっているのに、極め付けは私を押し倒して、のしかかって胸を押し付けながらのキスだ。

 私が男なら、絶対、たってる。
 男の体の仕組みがどうこうは詳しくないけれど、聞いた話を総合して得た知識では、確実に、たつ。

 ――だから、逃げようと思ったのに。

 私はもう一度繰り返して、下唇に吸い付いている彼女の柔らかい唇に、舌を伸ばした。

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