※ 隣恋Ⅲ~のたり~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※
※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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~ のたり 72 ~
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「どこの男かと思った」
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ヒクッ。と、表情を動かしてしまったわたしが馬鹿だった。
雀ちゃんの底冷えするような声なんて初めて聞いて、しかもそれが正解のド真ん中を突いていたからって、反応してはいけなかった。
「へぇ。そう」
蛇の目が、すぅぅぅと細まる。
引き攣った顔のまま、わたしは下からその光景を見上げながら、背中の寒気がさらにざわつくのを確かに感じた。
「ふぅん? 男が言った事真に受けて、遠慮してたってこと?」
「ち、ちがうったら」
「もしかして、私との今までのセックスでもずっと? 遠慮?」
「だからそれは違」
「愛羽」
ぅ……、と口を噤んだ。
冷たい目に見据えられて、皮肉っぽい笑みを向けられて、大好きなひとにピシャリと名前を呼ばれて、固まった。
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優に5秒……いや、10秒は無言で見下ろされていたと思う。
瞬きする事も許されないその雰囲気の中で、わたしの瞳が乾いて、その痛みにじわ……と涙が滲んだ。その瞬間、ぴくりと雀ちゃんの眉が動いて、鼻から大きく長く息を吐き出した。
呪縛から解かれたように、わたしはその隙に瞬きをしてドライアイ状態を解消し、再び彼女を見上げ、そこにあった困り顔に、正直困惑した。
――さっきまでの冷たさが、ない……?
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「……」
困った顔のその人は、無言でわたしの唇に軽く、自分のそれを触れさせたあとすぐに、首筋へ顔を埋めた。
温かい唇が触れたと思った直後にチクリと刺すような痛み。これは、キスマークを付けるときの痛みだ。
「ンッ」
「ずるいと思うけど、言わせて」
申し訳なさと切なさと、やるせなさとを混ぜた声音で、首元に顔を埋めたまま雀ちゃんが言った。
「愛羽が今、付き合ってるのは私でしょう?」
雀ちゃんが顔を持ち上げるとベッドが、キシ、と小さく音を立てた。
「して欲しい事とか、して欲しくない事とか、言って」
彼女が付けた、キスマークが熱い。
「昔の男のせいで、遠慮とか、されたくない」
ドクッ、と強く、心臓が胸を打った。
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だがその時、強く、真っ直ぐ、わたしを見下ろしていた瞳が揺らいで、雀ちゃん自ら、視線を逸らした。
「人の事とやかく言う前に、自分がそうしろって感じだけど……」
と、消え入りそうな声で言った彼女は、窺うようにチラとわたしへ視線を寄越した。
――正直ね……ほんと。勢いと雰囲気で押し切ったら、今のわたしなら絶対、説き伏せられたのに。
自分も過去の事を引き摺っている自覚があるのだろう。
わたしにばかり言いつけて叱る事はできないらしい。
正直者の、お人好し。それでいて、独占欲は人一倍強くて、とびきり優しいひと。
わたしは両手を伸ばして、雀ちゃんの首に巻き付けて抱き寄せた。
目を見開きながらも引き寄せられるままに口付けを交わした雀ちゃんの頭を抱く腕に、力を込める。
「ありがとう」
少しだけ腕の力を緩めて、顔を見れる距離まで離れた彼女に告げた感謝の言葉。
それは、雀ちゃんにとっては意外なもののようだったらしくて、目を丸くされた。
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「人生経験を活かすのは、ほどほどにしておくわ」
年の差や経験人数の差を気にし過ぎていたのかもしれない。
年上なんだから上手くコトが運ぶようにしなくちゃ、とか。
過去の人はこうだったから、雀ちゃんには違うようにしよう、とか。
「貴女との付き合いだものね」
時にはその経験が役立つかもしれない。
だけど、それで事が上手く運び過ぎて、なんの摩擦も生まれない関係性の方が、良くないのかもしれない。
人と人が付き合っていくのは、恋愛であれ、友情であれ、摩擦があってこそな部分もある。
互いに尖った部分を削り合い、擦り合わせあって、そうしてピッタリとした相性を作り上げてゆくのかもしれない。
それには、遠慮が、一番の障害だということに、今、改めて気付かされた。
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