隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ 45話


※ 隣恋Ⅲ~湯にのぼせて~ は成人向け作品です ※
※ 本章は成人向(R-18)作品です。18歳未満の方の閲覧は固くお断りいたします ※

※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


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 感謝される貴女。

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 ~ 湯にのぼせて 45 ~

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「でも、そんな事店長に言ったらすぐ調子乗ると思うから、本人には言わないですけどね」

 と明るく笑う雀ちゃんに微笑みを返す。
 そこへタオルを数枚抱えたウェイトレスさんが店内へ戻ってきて、マスターは出来上がったコーヒーを水筒に注ぎ始めた。

「なち、今からこれ雪乃に届けてくれるか」
「え? いいけどお店はいいの?」
「大丈夫だ。多分、こっちに向かってると思うからいつものルートで行きながら周り気にして行ってくれ」

 どうやら、あの子が水筒を持って届けに行くみたいね。
 行き違いにならないように気をつけて、って言われているみたいだけど、ゴールデンウィークの影響で人も多いし、大変そうだわ。

 わたしがいくら心配しても仕方ないけれど、なんだか流れで、この一件から目が離せない。

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 三本の水筒をタオルでくるんで、トートバックに入れたウェイトレスさんは、少し重たいのかそれを両手で抱えてお店の玄関から出て行った。

 確かに中身の入った水筒一本でもそれなりの重さがある。それを三倍した重さは女の子には少し辛いかもしれなかった。

「無事に届けられるといいですね」
「そうね」

 顔を見合わせて微笑むと、わたし達はそれぞれの飲み物に口を付けた。
 そろそろ、互いのそれも終わりを迎えそうだし、マスターが道具の片付けを終えたら、ここを出ようかしら。

 そんな考えを抱いたからなのか、偶然なのか。
 テーブル席に座っていたお客さんが「マスター、お会計」と声をあげた。

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 わたしの仕事場でもそうなんだけど、例えば一人病欠になった日に限って仕事が急遽増えたりする。
 それは人手が無い時を見計らって仕事が意地悪しにやってくるような感覚だった。

 コーヒーを淹れた道具たちの片付けをしていたマスターは「あいよ」と返事をして、レジへと向かった。
 小さな店でもやはり、フロアとキッチン、計二人の店員は必要そうだった。

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「俺もそろそろ帰ろうかな」

 そう独り言を言って立ち上がるテーブルのお客さん。
 背後にその気配を感じたのか、振り返らずに雀ちゃんは言う。

「……なんだったら、フロアを手伝いたいくらいです」

 カフェ店員の血が騒ぐのか、ちょっとおどけてる彼女の額を小突く。
 マスターが忙しくなりそうなのは判るけれど、ね。

 お店のドアを開けて、お会計を終えた一人目のお客さんが出て行った。

「おおなちちゃん。おかえり」
「ただいま。ありがとうございました! また来てね、おじさん」

 店の入り口付近からそんな会話が聞こえて、ウェイトレスさんが戻ってきたのだと分かる。
 どうやら、この早い戻りを見る限り、先方と行き違いにならずにコーヒーを渡すことができたようだ。

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 よかったよかった。と心の中で安堵の息をついた。
 ウェイトレスさんは店に戻るなり、レジに立つマスターに戻ったことを目配せのみで伝えると、さっと手指消毒をしてからテーブルの片付けに回っている。

 ――あ、仕事出来る子の立ち回りだ。

 小さく唇に笑みを乗せる。

 わたしは飲食店で働いた事はないけれど、色んなお店に行く回数が増えれば従業員の働きを見る機会も増える。それで培った目であのウェイトレスさんを見れば、彼女はなかなか筋がいい。
 流石、あのマスターの下で働く人だし、あのマスターが”できる女”と言うだけの人の娘さんだ。

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 レジを終え、お客さんを送り出したマスターがテーブルの片付けの手伝いを初めて、わたしはこっそり雀ちゃんに耳打ちした。

「そろそろ、出る?」
「ん、そうですね」

 最後の一口を飲み終えた雀ちゃんを確認して、わたしは軽くカウンターテーブルにある食器を整える。
 「片付けは店員の仕事だ」という人もいるけれど、わたしは店員さんが片付けやすいようにして店を出るのが普通になっていた。

 それは雀ちゃんも同じみたいで、二人の中央あたりに食器を集めていると、背後から声がかかった。

「嬢ちゃん、ちょっと待った」

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「え?」

 嬢ちゃんとは雀ちゃんを指す言葉だから、呼ばれたのは彼女よね。
 本人もそれが分かっているらしくて、不思議そうに振り返っている。

「嬢ちゃん、ミル持ってるか?」
「ミル? ありますけど……?」

 ミル?
 ミルって何かしら?

「豆自分で挽けるか?」

 相変わらず不思議そうに頷く雀ちゃんにマスターはちょっと笑った。

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 わたしは二人の会話を眺めながら、なんとなく想像がついて、マスターの行動に意外さを感じて片眉を動かした。

 カウンターの中へ戻ったマスターはキッチンの奥でゴソゴゾと戸棚を漁り、小振りの瓶を手に、雀ちゃんの前へやってきた。

「やるよ」

 差し出された瓶の中に見えるのは、コーヒー豆。
 先程話していたミルというのは多分、コーヒーの豆を挽く道具のことだろう。それがなければ、豆を持っていてもどうしようもないから。

「い、いいんですか? オリジナルですよね?」

 瓶を受け取ったものの、それとマスターの顔を見比べて、すこし戸惑うように聞き返す。
 この豆はこの店の、このマスターだけが作れるオリジナル商品だ。
 それを他人が貰うというのは、多分、この業界では稀な事なのだろう。

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 戸惑いを隠せない雀ちゃんに、ニヤリと少し意地悪な笑みを見せるのはマスター。
 彼は腕を組んで少し顎をあげた。

「俺の配合が飲むだけで真似できるもんか」

 自信とプライドが見え隠れするそのセリフ。
 思わず吹き出してしまった。彼と知り合って2日。それこそ、話をしたのは合計で1時間にも満たないけれど、本当に面白くて粋な人だ。

「お言葉に甘えて、頂いたら? 雀ちゃん、こんな機会滅多にないでしょう?」
「そうだぞ? 早く仕舞わねぇと俺の気が変わっちまうかもしれねぇ」

 わたしと、マスターの言葉に、豆の入った瓶を見つめていた雀ちゃんは、意を決したように「頂戴いたします」と武士のように告げた。

「おう、遠慮すんな。さっきはありがとな」

 に、と笑顔をみせたマスターはどうやら、ウェイトレスさんと雀ちゃんの会話を聞いていたみたいだった。
 コーヒー豆は、そのお礼も含んでいるみたい。

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「こちらこそ、ありがとうございます。大事に飲みますね!」

 すでに大事そうに瓶を両手で抱えている雀ちゃんが、席を立つ。それに倣って立ち上り、マスターと言葉を交わしている雀ちゃんを尻目にレジへと向かうと、察したようにウェイトレスさんがやってきてくれた。

 お会計を済ませて「ごちそうさま。とても美味しかったわ」と告げると、彼女は満面の笑みを浮かべた。

「ありがとうございます! あの……」

 チラ、とマスターと雀ちゃんがまだ話をしているのを目で確認した彼女は、何かを言いかける。けれど、言い難い事なのかその口をぱくぱくとさせるだけで言葉が出てこない。

「なぁに?」

 その様子がなんだか初々しくて可愛くて。
 少し首を傾けて問い掛けると、彼女は視線を忙しなくしてついに、意を決したように言った。

「すごくいい匂いなんですけど、香水、使われてますか?」

 意外すぎる質問に、ちょっとだけ、目を開く。
 まぁでも、高校生くらいの彼女にしたら、そういう事に興味が沸く時期なのかもしれないわね。

「ええ。ロードイッセイプールオムっていう香水。ほんとは男性用なんだけどね」

 小さく笑って、柑橘系の香りが僅かに漂う手首の内側を自身でスン、と匂ってから、彼女へと差し出してみる。
 わたしの手首に鼻を近付けて香りを吸い込んだ彼女は、とろけるように頬を緩めながら「はぅあ……」と意味の成さない声を出した。

「そんなに高額なものでもないから、気に入ったなら買ってみるといいわ」
「あ、ありがとうございました」

 コツコツと足音が近づいてきて、雀ちゃんが背後に立った。そして「あ、もうお会計しちゃったんですか?」なんて言う彼女に頷きながら、扉に手をかけた。

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 マスターにも会釈をして喫茶店から出ると、わたしの後ろをついて出た雀ちゃんが後ろ頭をかいていた。

「そんなに感謝されることでしたかねぇ…? 女の子からもまたお礼言われちゃいました」
「いいじゃないの。言われて悪いものでもないし」

 彼女の持つ瓶を見て言うと、「まぁ確かにそうですけど」と頷いた。

「彼女の立場のわたしとしては、貴女が周りの人から感謝されているのは鼻が高いけど?」

 悪い気はしない、どころではなく、いい気分だ。
 この人わたしの恋人なのよ、だなんて言いふらして回る気はないけれど、自慢の恋人だなと思う。

 照れたようにちょっと顔を赤らめる彼女が、可愛かった。

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