※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※
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初めてが欲しい。
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~ 湯にのぼせた後は 11 完 ~
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コトン、と空になったビールのグラスをテーブルに置いたまーの耳はもう赤くない。
こういう切り替えの早いところも、結構尊敬すべき点だと思っている。
「それで?」
何かを続けるように言った彼女は近くを通りかかった店員さんを呼び止めて、生ビールをもう1つを頼んだ。そしてわたしに向き直ると、箸を料理へと伸ばす。
「愛羽の方は? 旅行はどうだったの? よかった?」
よかったかよくなかったか、と聞かれると、そりゃあモチロン。
「よかったよぉ」
その良かったっていうのが、どう良かったのかをどんな言葉で伝えたらいいか迷うくらいだ。
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「なぁに、その嬉しそうなカオ」
幸せのお裾分けが出来たみたいで、まーの顔までつられたようにほころぶ。
「3泊4日で行ったんだっけ?」
「そう。温泉も良かったし、肌つるつる」
「で? すずちゃんはその肌触りを堪能したと?」
ちょ…っ、な、なんでそんな方に話が行くのよっ。
突然なんて事を言い出すのか。まさか誰かに聞かれてやしないかと慌てて周囲を見回すけれど、そんな怪しい行動をしているわたしを気に留める人なんて全くいない。
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「そういうこと大きい声で言わないでよね……!」
声をひそめて、まーに注意すると、まるで棒読みの調子で。
「はーい気をつけまーす」
と気を付ける気なんてサラサラ無さそうに彼女は料理を口に放り込む。
「写真とかないの?」
「あ、滝の写真があるよ」
「滝? 温泉じゃないの?」
流石に、温泉の中でカメラとか無理でしょ。
苦笑を浮かべながら携帯電話の写真フォルダから、仲居さんに教えてもらって行ったあの滝の写真をとりだす。
まーに見えるように携帯電話を差し出すと、受け取った彼女は「おお綺麗」なんて言って写真を拡大してみている。
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「まぁでも、ハワイ行った直後のまーに見せても、見劣りするだけかな」
青い空、青い海、白い砂浜。そんな綺麗な景色代表みたいな所で数日間過ごした彼女には、大したことなく思われてしまうかもしれない。
苦笑して返却された携帯電話を受け取ると、まーはとんでもないと言いたげに、首を横に振った。
「海外に行ったからこそ、日本の景色の良さって出てくるもんでね、そういう日本の滝っぽいのはあたしにとって今ご馳走よ」
「そういうもんなの?」
「そういうもん。旅行行って家に帰ると、やっぱり家が落ち着いて一番だなって思うでしょ?」
あーなるほど。分かりやすい。
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「旅館のご飯とか美味しかったんじゃない? 懐石料理」
「そう! すっごい美味しかったし、ちょっとしたハプニングにあって、結果的に旅館で一番高いお料理コース頂いちゃった」
それがまた美味しいのなんのって……。
思い出すだけでもじわぁっと唾液が口の中に溢れてくる。
「いいなぁ、あたしも行ってみたい」
「うん、わたしももう一度行きたいと思う宿だったから、行って損はないよ」
「お。愛羽の太鼓判か」
期待を膨らませる彼女の顔を見ると、多分近々、一人でふらっと行ってくるんだろう。
まーは行動力も経済力もあるから、結構日帰りだとか土日休みを利用して、一人旅をしている。
そのうち、詳しい旅館の情報をもらいに来るかもしれない。
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「んー、でも何よりも良かったのは、やっぱり雀ちゃんかなぁ」
思い出すように軽く上向きに視線をやって言うと、まーはこちらを白い目で見てきた。
……? なに…?
「自分でさっき下世話な事言うなとか言っといて」
「は? え、あ! ちがっ、夜が良かったって言ってるんじゃなくてっ!」
わ、わたしが自分からそんな事言う訳ないでしょっ。
「そうじゃなくて、雀ちゃんってまだ未成年でしょ? 家じゃなくて、ああいう外食みたいな形で一緒にお酒飲めたのか、なんか……かなり嬉しくて」
「あー。そういえばバーでいくら勧めても飲まないのはそういう理由だったのか」
「一緒にご飯行った時何回も未成年だからって言ってるの聞いてあげてよ」
覚えてないまーに驚きと呆れを隠せない。
ツッコミを入れてから小さく笑って、話を戻すように咳払いをした。
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「最初は飲んでいいかなってためらってたんだけど、バレないからってわたしが言って唆しちゃった」
自白する。
善良な成人なら、未成年にお酒を勧めてはいけないんだけど、あんな機会またとないと思ったし、二十歳になったらなったで、わたしが一緒にお酒を飲むよりも、多分、バイト先のバーで盛大にお祝いしてもらって、お客さんにも勧められて、飲むようになるだろう。
だから、それよりも先に、一緒に外食して、その時に、一緒にお酒を飲みたかった。
今は雀ちゃんと外食してもわたしだけアルコールを頼むような感じだから。
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別に、お酒が好きで好きでたまらない、という人種ではない。わたしも、雀ちゃんも。
飲むのは程々でいい。
だけど、あのほろ酔い状態になった時の雀ちゃんを、自宅以外で見てみたかった。
温泉旅館で、雀ちゃんにアルコールを飲ませたのは、善意なんかじゃなくて、単なる、わたしのワガママだったのだ。
「それでも、すずちゃんの飲酒処女が欲しかったんでしょ?」
「……だからなんなのよその妙な言い方は」
破顔して、呆れたようにツッコんで、わたしは小さく頷き、自分の悪事を認めた。
「別にいいと思うけどなぁ、そういう独占欲は。普段我が儘言って困らせまくってる訳じゃないんだから、そんな自己満足に浸っても」
肯定するのか、密やかに詰っているのか、どっちよ。
じとりと半眼で正面を見ると、まーは意地悪な笑みを返してくる。
「いいんじゃない?」
最後に優しい顔をむけて、わたしの心を軽くしてくれるあたりが、ニクイひとだ。
ほんとうに。
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食事を終えて、まーと別れて、一人の帰り道。
なんというかさっきまできゃいきゃい騒いでいたせいでか、物悲しいというか心寂しいというか。
街灯に定期的に照らされながら歩く道。
まーに自白したことで、幾分かは気が楽になったけれど、やっぱり気にするのは気にする。
あれは自分のわがままだったしなぁとか。
雀ちゃんが飲みたくないなら飲ませなかった方がよかったかなぁとか。
ただ、どれだけそう思い返しても、先程のまーの「いいんじゃない?」と言って笑ってくれたその時の映像が繰り返されて、自分の中にも、もしかしたらいいのかもしれない。と思いが芽生えてくる。
「……なんなんだろう。まーってシスターかなんかだったのかな、前世」
懺悔をさせて、その人の心を軽くする。
まーはただ話を聞いて、言いたいことを言っただけなのかもしれないけれど、絶対それだけではないと思う。
彼女にはどこかに絶対必ず愛がある。愛という言葉が少し大きすぎるならば、優しさがあると言い換えても妥当だろう。
だからこそ、わたしの心は軽くなったし、罪悪感が薄れたのかもしれない。
「……にしたって、多分、本人に謝らなきゃ気が済まない質なのよね……、わたし」
深いため息が漏れたのは、そうしなければならないと分かっているからだし、自分が近いうちにそうするんだろうなと予想できるからだ。
「黙って知らんぷり出来たらたぶん、楽なんだろうなぁ……」
いつ……話そうかなぁ……。
呟きが、夜道に転がった。
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