第44話 武藤とメンヘラ?

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 ま、とりあえず、ハッキリさせとくか。

「んで、愛羽さんは実際気にならないんスか?」
「んー、まあ……わたしが気になるのは立場的に当然と言い張ってもいいんだけど。でもそこを聞いちゃうのはマズイでしょ、とも思ってるの」

 へぇ。やけに正直に言うなぁ。
 この人のことだから、なんかまたお箸が使い手をうんたらかんたらみたいに、裏に含ませてくるかと思ったんだが。

 それに、言ってる内容も、まともだと思う。
 二人掛かりであたしの隠してた想いを暴いた人間と同一人物たぁ思えないレベルにまともだ。

 あたしが拍手を送って褒めると、愛羽さんはとても苦味の強い笑い方で「んーん。全然」と称賛を否定した。

「いつだって、気が気でないもの」

 どういうことだ?

「嫌われてないかなぁとか、重たくないかなぁとか。すぐ考えちゃうのよ。あの子、モテるし?」

 あぁ。なるほどな。
 つか、それは……、それこそ、意外だ。
 この年上でしっかりしてそうな彼女でも、その手の悩みを抱えているとは。

 今日、あたしが見ただけでも先輩は愛羽さんにベタ惚れだ。対して、愛羽さんも相当好きと思ってるっぽい。
 そんな二人が付き合っていて、先輩がモテてしまっていつ自分が捨てられるか不安になってる。

 裏を返せばそれって、まだまだ信頼関係が出来上がっていないってことか?
 それとも、愛羽さんがメンヘラ気質でめちゃくちゃ沢山愛されても常に足りない足りないと欲してしまう奴だから、とか?

 うーーーん、メンヘラだったらヤバイぞ?
 先輩はあんな性格だから、メンヘラに寄生されると死ぬまで放してもらえなくなるだろう。骨の髄までしゃぶりつくされて、先輩の方が精神的にくたばって別れたところで、愛羽さんはケロッとして次の恋人を……それこそ、平気な顔して男と付き合ったりするんだ。

 あたしはブルリと内心を震わせつつ、カマを用意した。
 メンヘラは、目の前にエサをぶら下げられると結構あっさり飛びついたり、即飛びつきはしないもののそういう素振りを見せたりする生き物だから。

「大学でも人気っスから、イベント事の時は、結構賑わってますね、先輩」

 不快な情報を与えて、慎重に、慎重に、罠を張っていく。
 まぁ罠と言っても先輩が大学でモテてるのは本当のことなのでこの後のカマかけトラップが上手く発動しなくても、単なる情報提供として、話が終わるだけなので問題ないだろう。

「そっかぁ」

 溜め息を吐く愛羽さんは物憂げだ。

 先輩がトイレから戻ってくるまでそれ程時間はない。
 本来ならばもう少し時間をかけて入念に罠を張りたい所だが、仕方がない。あたしは自分にゴーサインを出して、トラップ発動ボタンを押した。

 目を、真っ直ぐ、見る。
 今日指摘された時みたいに鼻を見るのではなくて、目。

 これはストバスに居たメンヘラ本人から聞いたヤツだ。
 メンヘラはじぃっと見つめられると、かなりコロッといくらしい。なんか、自分を求められてる気がして、必要とされている気がして、きゅんとくるらしい。

「ねぇ、愛羽さん」
「なぁに?」
「そんなリスク高い先輩やめて、あたしにしときません?」

 こちらの発言の後、愛羽さんの無言は長かった。
 なんかものすげぇ勢いで頭の中で考えてんのかなとは思ったけど、そんな黙る? ってなレベルで何も喋らないからあたしは催促も含めて自分の顔を指差してみせた。

「……本気で言ってる?」
「どっちと思います?」

 お? 食いついてくる感じなのか?
 ちゃんと先輩と付き合ってるくせに、あんだけ大好きとか言ってたくせに、ちょっと他人から好意を仄めかされたら食いつくわるい女だったりする訳か?

 腕を組んで悩む様子を見せる愛羽さんは唸ってる。
 あたしが本気で愛羽さんを好きと言ってるのか分からない、と、彼女は悩んでる。

 その時点でオイ馬鹿なのか? と言ってやりたい。
 あたしがカマかけでなく、愛羽さんを好きになってたら、あたしはどんだけ軽い女なんだよ。先輩に彼女が居ると知って号泣してからそんな日が経ってねぇのに。そんな人間居たら、気持ちの切り替え早すぎだろうがよ。

 あたしだって出来る事ならスパッと忘れてやりてぇわボケが。と散々脳内で罵倒していると、愛羽さんはこちらがヒヤリとすることを言ってきた。

「ここでわたしが靡くのを見てやーいやーいばーかって心の中で笑うのもアリと思う。でも、全然1ミリも本気じゃないって判断しきるには材料が足りないし。かと言って、わたしを好きになるきっかけみたいなものも、すごく不足してると思う」

 うぉぉ…………ヤッベ……バレてる。怖……。
 マジでその通りっスすんませんと謝りたくなる内心を隠したまま、あたしはただただ頷く。

 現状を正確に把握しまくっているこの女は、最終的に「だから……んー……本当に好きか、そうじゃあないのか。半々にしか思えないって感じに思ってる」と、締め括ってあたしの反応を待った。

「なるほど」

 恐れ入った。マジでこの人すげぇわ。
 これが社会人の力か! と世間知らずの学生なら言いそうなもんだが、社会人皆がこうではないのをあたしはよくよく知っている。

 社会人に……就職して金を稼ぎ始めたから皆が偉い訳じゃない。有能な訳じゃない。
 すごいな、大人だな、と見えるけれどそれは実は張りぼてだ。
 本当に有能な、愛羽さんみたいな人間はマジで極々一部しかいない。

 先輩はマジでいい人捕まえたんだなぁ。という思いが強くなる中、「で? ホントはどっちなの?」と答えを求めてきた愛羽さん。
 彼女がメンヘラかどうか、全貌はまだ明らかではない。

 現段階では、”すぐエサに飛びつく尻軽馬鹿ではないが、メンヘラ精神かどうかはまだ不明”といった感じ。

 だからあたしは引き続き、愛羽さんの目を真っ直ぐに見て告げた。

「マジで、ちょっとは気になってる。とだけ、言っときます」
「……あなたってホント大胆……」
「褒めてます?」
「いやぁ……まぁ半分はその度胸褒めてもいいけど……」
「あざっす」
「あの……もいっかい確認するけど。本気なの……?」
「もちろん」
「なんで?」

 ここに来て、あたしは困った。

 なんで?

 そうだよな。なんであたしが愛羽さんを気になったか。そりゃ愛羽さんが聞きたくなって当然だ。
 んーーー……なんて説明するかな……まさか、メンヘラかどうか確かめたくて言ってみただけだ、なんて言えやしないし? 

 えーっと……じゃあ。

「あたしが見てきた大人の中で、こんなに優しくて怖い人種はいなかったんス。こんな人間がいるなんて思わなかった。初めて見た。優しさでガチギレしてる大人」

 口にしたのは、紛れもない本音。
 嘘を信じ込ませるには、やはり本当の事を散りばめないと信じてもらえないから。

 我ながら、上手く理由を説明できた。
 愛羽さんは疑う様子もなく頷いているし。よしよし、これはなかなか上手く騙せてる。あたしもまだまだ捨てたもんじゃないな。

 ほくそ笑みながら、美味い肉を口へ運ぶのだった。




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