第43話 武藤と立ち位置

===============




 彼女がどういう立ち位置なのか。
 それを調べることで、先輩にとっていい女なのかわるい女なのかが分かるかもしれない。

 そう思ったあたしは、引地を使って少し実験をしてみた。

 高校の時と先輩はあんまり変わってないらしい。
 どっか抜けたトコのあるこの人は、一回信用した相手だと警戒ってもんをスパッとしなくなる質らしい。

 あたしが誘導するままに、話の流れを動かせる。
 先輩が欲しい情報をうやむやにして、適当に流した。

 真面目にあたしと先輩の会話を聞いていたら、きっと、愛羽さんならば異変に気付く。あたしの悪い誘導に気付く。
 そういう時、彼女がどんな行動をとるのか。

 先輩が流されているのを指摘して軌道修正するのか。
 知らんふりをするのか。
 むしろあたしの悪さに加担するのか。
 それとも全く気付かないのか。

 どれだろうかとタブレットを触る愛羽さんを窺っていると、バッチリ目が合った。
 ああこれは気付いてたな、あたしの悪さに。

 でも黙ってたな。
 しかしその理由はなんだ……?

 加担か? 見て見ぬフリか? それとも何か……他の意図があった?

 知りたくて、「やっぱ騙しやすいっスよね」と愛羽さんを巻き込む形で暴露してみれば、一瞬だけ、イヤそうに瞳が歪んだ。

 そこまであたしが暴露すると愛羽さんは意外とすんなり先輩に、会話の状態や誘導の具合を教えて気付かせてやっていたが……真意はなかなか掴めない。先輩曰く「ほぼ初対面のお前のプライベートにずかずか入って行くほど、愛羽さんは不躾じゃないからな、当然黙ってるだろ。アホかお前」との事だが……ホントにそれだけかぁ?
 あんたが思ってるほど、愛羽さんはいい人じゃないかもしれないぜ? と胡乱を抱いて正面の人を眺めてると、先輩は、なんか、意味深な事を言ってくる。

 あたしだからこそ聞いたのに、とか。
 お前以外にはここまでしないぞ、とか。そういう意味の事を平気で言ってきて、心臓の辺りがぼわぼわそわそわした。

 ……………………ほんっと、あんた、そういう所あるよな。
 安いドラマのセリフみたいだが、「好きでもないのに優しくしないでよ!」とか言いたくなっちまう気分だ。

 けどそれでも、嬉しくない訳がなくて、訊かれるままに引地の事をあたしは喋った。
 その話の最中、先輩はあのマンションの事を「うちのマンション」と言っていたから多分、あそこに住んでいるんだろう。
 もし先輩は別の所に住んでて、愛羽さんだけがあのマンションに住んでいたなら「うちのマンション」ではなく、「愛羽さんのマンション」と言い回しただろうから。

 恋人と同じマンションとか……超近場でお熱いこって。
 嫌味混じりの呟きを胸中に漏らして、話の流れで、高校の部活は途中で退部したことを教えた。

 先輩は目をひん剥いて驚いていたし、あたしが高3から金髪にしていたと言えば、さらに驚いて若干放心していた。

 そんな先輩を見るのは、正直、気分が良かった。
 もっと驚かせてみたいと思った。
 あんたが卒業して、あたしがどんなふうだったのか。
 部活を辞める時の事、地域雑誌の事、受験勉強の事、バイトの事。
 彼氏の事は……ちょっと伏せたいケド。

 今まであった色々を話して、驚かせてみたい。感心させてみたい。笑わせてみたい。
 先輩だって、なんか思うところのありそうな顔をしてるし、「何か、聞きたいっスか?」と促せば質問してくるだろう。

 そんな予想をしたあたしに、先輩は首を振った。

「いや。なんもない」

 質問は、ない。
 先輩はキッパリ断って、愛羽さんを構い始めた。

 気になるとその顔へ書いているくせに、振り払うように恋人に構い始めたのは気に食わない。
 気になるなら気になるでいいじゃん。あたしに訊けばいいじゃん。

 高校の頃の思い出話でもなんでもいい。
 あたしは結構情報通だったし、先輩の知らない面白い話も出来る。
 そんな微妙な顔させたまま、この話を終わりにしたくないんだが?

 愛羽さんは、先輩の様子に気付いているのかいないのか、イマイチ、分からん。
 なんとなく気付いてそうだなと思うけど……特に話の流れをコントロールしたがる発言はない。先輩にも、あたしにも、同じように肉を勧めてくれる状態で、どっちつかずの姿勢を崩さない。

「他は?」
「ん?」

 んじゃねーよ馬鹿。

「だから、他っスよ。なんかあたしに聞きたいこととかないんスか?」

 なんでもいいし、例えばほら、バスケの話でもいいし。
 ほれほれ、なんかあんだろ? と促せば、先輩は「あ。」と声を零した。どうやら、やっと質問を思い付いてくれたらしい。

「なんスか?」

 バスケ部の事か? ストバスの事か? それとも何か他の?

「お前結局まだ私のこと好きなのか?」

 ……。

 ……。

 ……。

 マジで…………コイツ。
 デリカシーっつうもんがないのか、その茶髪の頭の中には。

 あのさぁマジで……。
 さっきあんたらが二人掛かりであたしの隠してた気持ち吐かせた時も、コイツらマジで頭沸いてると思ったけど。そん時以上に先輩の頭はイカれてるっつーのよ。

 普通さ、もう今日はそこの所に触れないだろ?
 普通腫れ物扱いする部分だろ?
 なんだアンタ、普通が分かんねぇどこぞの女かよ?

 絶句しつつも先輩を睨むだけ睨んでいたら、アホは「な、なんか悪い事言いました……?」発言。
 呆れメーターが振り切れるほどのアホさには、流石の愛羽さんも額に手をやって、やれやれと首を振っている。

 イヤイヤイヤ愛羽さん愛羽さん。あんたの彼女だろ。犬なんだろ。ちゃんと躾しとけや。
 実際、調教しとけと彼女に言ってみせれば、「本当ごめん絢子ちゃん」との謝罪。

 どうやら愛羽さんに至ってはアホではないらしい。
 先輩の発言が悪い物と判断できてるし、自分の彼女が申し訳ないことを……と反省している様子も見て取れる。

 うーん…………やっぱこの人、普通の感性してるよなぁ。まともな人なのかぁ……?

「すぐこーゆーことするし、無自覚だし、手に負えないんスよ」
「わかる。……ホントわかる」

 更に苦情をぶつけてみても、同意するばかり。
 愛羽さんは自分の恋人が責められているというのに、庇ったり、怒る気配すらない。

 うーん……この人。人を人単位で判断してねぇなぁ。行為単位というか。
 好きな人は好きだけど、悪い事したらそれは怒る、的な……?
 例え自分の彼女に想いを寄せてた邪魔者でも、被害に遭ってたら助ける的な……?

 え。え、ちょ、それ。めっちゃいい女じゃん愛羽さん。
 それ間違いなくめっちゃまともじゃん。

 ンー……?

 あたしは内心眉を歪めつつ、腕を組んだ。
 この流れで、愛羽さんとよくよく喋ってみてぇなぁ……。先輩トイレ行くみたいだし、ちょっと足止めして時間稼ぎするか。

「先輩。トイレあっちっス」

 ドアの向こう。トイレとは真逆の方を指差した。




===============

コメント

error: Content is protected !!