第42話 武藤と炭

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 いつまでもトイレの個室で籠ってるわけにもいかず、あたしは戻ってきた。
 ドアに手をかけ、開ける前に深呼吸。

 よし。仕方ねぇ。やるぞ。

 一つずつに力を込めて脳内で呟き、ドアを開ける。瞬間聞こえ始めたのは争う二つの声だった。

「イヤです。愛羽さんが食べてください。私焼くんで」
「イヤよ。わたしが焼く」

 ……気合い入れてきたあたしが馬鹿みたいじゃねーか。
 何肉焼く係の取り合いしてんだよ。そんなのは押し付け合うのが当たり前だろ? 取り合うもんじゃなくね?

「何してんスか。アホみてーな争いして」

 まぁでも、予想してたよりも明るい雰囲気を保ってくれててありがたかったのは事実だ。
 これがもし、神妙だったり、エロい雰囲気だったりしたらどういうカオしてればいいか分かんねーからな。

 おかえりと口々に言われ、ホワンとする胸の辺りを誤魔化すように、勧められた肉もとい炭を食う。

「えっ!?」

 愛羽さんはめちゃくちゃ驚いて、吐けと紙ナプキンを差し出してくるけど構わず飲み込む。
 クッッッッッッソまずい。じゃりじゃりして砂食ってるみてぇだし、喉に絡むっつーか残るっつーか。茶で流しても流れきれず、咳払いを繰り返したくなるような感覚が喉にある。

 別に、体育会系だから先輩が言った事は絶対の命令だなんて思ったこと一度もない。が、適当に言っておいた。
 まさか、家族にもなかなか言われない「おかえり」を二人からひょいと寄越され狼狽えたから食いました、なんて、説明できる訳もないし、バレたくもない。

 そうこうしつつ内心を隠してると、愛羽さんが先輩を殴った。
 それだけでも意外だったのに、彼女は炭を口に放り込む。
 思わず拍手を送るくらいに、潔い姿。カッコイイ。
 別に彼女が食べる必要は全っ然ないんだけど、それでもあたしが食ったからか、先輩が馬鹿な指示を出した責任を取る為か、ガッといったのは、えらい。かっけぇ。

 口へ入れた炭にはたっぷりタレをつけてたけど、噛み締めた愛羽さんの表情が一瞬で歪んだ。
 ぎゅいんと眉間に縦皺が生まれて、眉尻はおもっくそ下がる。上品に手で口を隠してる彼女は見る間に涙目になっていって、たぶん、こんなマズイ食い物、彼女の人生の中で初なんじゃないか? とあたしは推し量る。
 だって、見た目かわいいし、悪ふざけとかしそうにないし。例えば悪友を集めて闇鍋とかもしそうにないし、悪魔ドリンク作って遊ぶとかも、したことなさそうな女だ。
 ちなみに、悪魔ドリンクってのは一人1品、飲み物を用意して集まりそれを全部混ぜて得体のしれない飲み物を作って回し飲みするってヤツだ。
 極々稀に、大成功して美味いものが出来上がるけど、大半一口飲んだだけで吐き気を催すドリンクに仕上がる。

 そういう馬鹿な遊びを経験した事もなさそうな見た目の彼女はとても頑張って、今、炭を食っている。

 心配する先輩の手から、トングをもぎ取ったのは最早立派立派と頭を撫でてやりたくなる姿だが、なんかこう……さらに苛めたくなるような可愛さがある。
 にやにやしながら見守っていると、彼女はなんとか炭を飲み下し、うるうるの目をこっちに向けてきた。

「……よくあんなの食べられたわね絢子ちゃん……」

 あんたもよく頑張ったよ。
 内心褒めながらも、あーもーちっと苛めたいなぁ、なんて怖れ知らずの考えを抱くあたし。
 トイレじゃあ、愛羽さんが怖いから戻りたくねぇとかぐずぐず考えてたのに、弱い所を目撃したら調子に乗っちまいそうになる。

 よくねぇなぁ。
 とりあえず、やめとこ。今度は先輩が炭を食う番だし。

「ぬわ……」

 妙な声を出しつつ食った先輩。これで炭遊びは終わりかと思いきや、「何か他に言うことがあるんじゃないの?」と愛羽さん。
 何を? とあたしも、先輩も、同時に考えた。が、どうやら愛羽さんは、先輩にごめんなさいを言わせたがっているらしい。

 ……意外だった。

 愛羽さんの立ち位置が分からねぇ。
 あたしは愛羽さんにとって邪魔な存在であり、公平性をもってして見るべき対象ではないはずだ。
 なのに、わざわざ先輩に謝るように促している。

 どういう立場で居るつもりなんだ……?

 愛羽さんの意図が分からずあたしがわざと茶々を入れてみれば「コラ。絢子ちゃんも余計なコト言わないの」だそうだ。
 うーん……一応、あたしが何かやらかしても、注意するのはするみたいだ。

 結局先輩は渋々、嫌々の様子で謝罪してきたが、あたしは別に元々怒ってねぇし、まぁ言えば好きで食ったんだ。へいへいと返事して、炭の味を忘れるべく愛羽さんが焼いた肉に箸を伸ばす。
 この雰囲気だと、まだ飯を食っても許されるし、食えるだけ食っとこ。
 また明日からは、死なない程度食費も削りに削って、金を貯めていかなきゃなんねぇんだから。




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