第40話 武藤と敗北

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 嬉し涙なのか、悔し涙なのか、自分でも分からなかった。もしかしたら悲しい涙なのかもしれないけど、どれなのか判断がつかない。
 理解できるのは、たぶん、いろいろ混ざってる涙だってこと。
 その比率は、不明。

「肉親の兄妹と後輩じゃ話がちげーだろーがよ……」

 黙ったままじゃダメだと思って捻り出したのはこんな可愛くない内容。
 だけど先輩は怒るでもなく、しれっと言って、笑ってる。

「私は末っ子で下にいないから差がよく分からんな。まぁ、でも、妹も後輩も同じようなもんだろ」

 妹も後輩も同じようなもんって……あんたどんだけ懐深ぇんだよ。広ぇんだよバカか。
 悪態を胸中で吐くしか出来ないあたしは、ひとつ、気になったことを尋ねてみた。

「その人は、どんな人?」

 妹と後輩が同じと言うなら、恋人は、どんなもんなんだ?

 こんなにも器がでかい先輩を射止めた愛羽さんという恋人は、一体どんな人物なのか。
 今日見てて吸い上げられた情報と言えば、ドチビ。顔可愛い。たまに美人ぽく見える。賢い。先輩にめちゃ優しい。先輩の為なら鬼ほど怒るし怒るとむちゃ怖い。あと先輩を犬扱いする、らしい。そんくらいだ。

 あたしから見てそんなふうな愛羽さんは、先輩から見れば、どんな人なのか。

「んー……恋人は……。愛羽さんは、私を守ってくれるよ。いっつも。私を見ててくれて、守ってくれて、支えてくれて、たまに叱ってくれることもあるけど、でも絶対、甘えさせてくれる。だから、いや、だからってだけじゃないけど、私も守りたいと思うし、支えたいと思う。今は力の差があり過ぎてムリでも、いつか絶対、甘やかしたいし、守りたいし、支えたいと思ってる」

 ああ、そっか。そりゃ、無理だ。

 先輩の答えを聞いたあたしはまず、そう思った。
 だって、いの一番に「守ってくれる」と先輩は述べた。愛羽さんは自分を守ってくれる、と。

 そんな愛羽さんに、あたしは絶対勝てない。
 自分可愛さに先輩の背に隠れて守られてただけのあたしは、愛羽さんには絶対勝てない。

 それに、質問の答えを述べていく声を聞いてて、よーーーーーく分かった。
 先輩は、やっぱり愛羽さんにベタ惚れだ。
 愛羽さんも先輩を相当好きだけど、先輩の方も負けじと好きだ。目を閉じて視覚を殺して、耳だけで受け取っているとよりよく分かった。愛羽さんを語る声は円やかに、甘く優しくなる。
 答えの中にも、甘やかしたいだの守りたいだの支えたいだの、献身的に、相手の事を想う内容が盛り込まれていた。

 まあつまりだ。

 あたしは愛羽さんにゃ勝てねぇ。どう転んでも、先輩の恋人の座をあたしが射止めるのは無理らしい。

 我ながら、失恋した失恋したと散々泣いたくせにまだ諦めてなかったのかと思うけど、だって、そりゃ、さあ? ベタな文句で言い訳だが、好きな気持ちは一瞬で消える訳じゃないし、なにより、目の前にその好きな人がいて、何気に優しくしてきたり気ぃ遣ってきたり、あまつさえ守るの当たり前とか言われたら……そりゃちったぁ好意がぶり返すモンだろーがよ。

 でも、あたしが愛羽さんに勝つのは無理って分かった。思い知った。

 だから、ちょっと、時間をくれ。

「どういう人か聞いただけで先輩がどうなりてーかなんて聞いてないっつーの。……トイレ」

 可愛くねぇことを言い放って、あたしは両目の上から手を外して立ち上がった。
 二人に顔を見られないようにさっさとドアから出て行こうとしたけど、背後に声が掛かる。

「まだ肉残ってんだから、帰んなよ?」

 馬鹿が。
 帰るならコート置いていかねぇわ。

「どっかの誰かじゃあるまいし、逃げねーよ」

 それにあたしにはまだ仕事が残ってる。
 先輩の恋人。愛羽さんが、本当にいい女なのか。誑かしてないのか。それをきっちり確かめるって仕事が。




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