第35話 武藤と心理戦

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 それ以上の変態トークを聞きたくなくて無理矢理に割り込んだあたしは、思いっきり、コケにされた。

 こっちが力めばあちらに流され、逆に肩の力を抜けば攻め込まれる。
 怖い。
 どうしてこんなにあたしが圧倒される?
 怖い。
 先輩に対してはとんでもなく柔らかくなるくせに、あたしに対してはちっとも優しくならない眼が、射抜いてくる。

 なんにも言ってないはずなのに。自覚以上のミスはなく、バレるようなヒントを与えたつもりはないのに。
 ああもういいわ、話さなくて。こっちは全部を理解したし、把握した。

 そんな様子で愛羽さんはあたしをジワリジワリと絞め殺してくる。

 あたしが必死にひた隠しにして、先輩に見られていない所でやってきた努力や、募らせてきた想いを、今日の食事の席でしでかしたミスを、つらつらと簡単に並べて、見せびらかした。

 途中何度も、やめろ! と叫びたくなった。
 席を立ち上がって、コートを引っ掴んで、部屋を飛び出して、家に帰りたかった。

 ムカついた。
 嫌だった。
 なんでそんな勝手に、あたしの心をバラされなきゃいけない。丁寧に説明されなきゃいけない?
 隠していたかった。
 先輩にはもう恋人がいるんだから。
 あたしは二人にエントランスで再会した日完全に失恋したんだから、思い切り引地に縋って泣いたんだから、もうそこはほっといてくれと叫びたかった。
 ずっとずっと追いかけてきたけど、先輩への気持ちは終わらせるべきなんだと分かった。思い知らされた。あの日、「ちびっこOLじゃない。金本愛羽さん。私の彼女」と大剣でザンと真っ二つにされた心は、今日、なにかと仲良さげな光景を見せつけてくる二人によって、バッキバキに、踏み潰されて砕かれてる。

 もう分かったから。
 もういいからやめてくれ。

 目を閉じて、耐えるしかない。愛羽さんがいとも簡単に作り上げたこの状況で、あたしはジクジク痛む胸に手をあてることも叶わずに、じっとじっと忍んでいた。

 ムカツクと愛羽さんが言ってたのは、伊達じゃなかったんだ。
 マジで、怒ってたんだ。ブチギレしてたんだ。
 じゃなきゃ、こんな、言うか?
 あたしが気持ちを隠してるって知った上で、先輩の前で。
 事細かに説明、するか?

 ああもう最悪だ。
 なんでこの人、こんなに、あたしの事が分かっちまうんだ。
 全部全部、バレちまうんだ。

 最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。最悪。

「正解は、彼女しか知らないわ」

 あ?

 ちょっとマテ。おい。待て、待て待て。なんで最後、投げた……?

 洗脳が効いてて、犬みたいに言う事を聞いて、愛羽さんの言葉を信じる先輩だぞ?
 どうして最後、あたしに発言権利を与えてきた……?

 今カノである愛羽さんにとって、先輩に想いを寄せる人間なんて減らせる機会があれば逃さない方がいいはずだ。
 延々と演説してきたあたしの心境が、ハズレでない方が、いいはずだ。
 絢子ちゃんは雀ちゃんを好きに決まってる。と、そう結論を括ってしまって、その流れのままキッチリと先輩に”お断り”をするよう促した方が、いいはずだ。

 なのにそれをしないで、あたしの口から言わせようとする理由はなんだ……?
 ここであたしが「先輩なんか好きじゃない」と言って逃げられるチャンスをどうして与える?
 愛羽さんが言わない理由は、なんだ?

 理由……?
 理由。
 あたしに言わせる、理由……そうか! コイツまだ確信がないのか……っ!?

 そうだ。だから演説を始める前や、最終的にあたしの想いをバラす前、自分の言う事は全て正解ではないかもしれない。信じきらないで欲しいと何度も前置きをしたんだ。
 分かると言いながら、把握したと言いながら、コイツは全部に確信がなく、ポーカーをしていたんだ……!!!

 危うく愛羽さんの超絶巧いポーカーフェイスと話術に騙されるところだった。
 でも掴んだぞ。あんたの心理。

 コイツは不安を持っている。

 先輩が自分の元から離れる不安を。
 もし嫌われたらどうしよう。
 自分よりあたしを、先輩が選んだらどうしよう、と、不安を持っているんだ。

 そりゃあそうだ。だって愛羽さんは先輩の過去を触り程度しか知らない。
 だけどあたしはバッチリ知っている。その当時先輩の傍に居た。
 不明瞭な部分ほど、良質な不安材料になる。
 だから愛羽さんは分からない点を、ゼロにしたいのだ。

 ハッキリと、あたしに先輩への想いを告白させて。
 ハッキリと、先輩が”お断り”する現場を見たいのだ。

 そこへ誘導するために、この女はここまで長々と演説をして、あたしとの会話で嗅ぎ付けたミスから上手く想いを構築して、話して聞かせて、

「武藤、私のこと、好きだったのか?」

 先輩にこの質問を、繰り出させたのだ。

 ふざけんなよ、この女ァ……。
 あんたの不安解消の為に、あたしの全部をバラしやがって!
 あんたが読み取った想いもあたしの行動もほぼ正解で、それを導き出せる能力はマジで尊敬はするけどなぁ!?
 それでもあたしが隠してたモン全部勝手に引き摺り出して、てめぇの不安拭う為に使ってんじゃねぇよ!!!

 そういう不安は! 直接! 先輩に訊いて話し合って解消しろっつーんだよ!!!!!!

 脳内でこれでもかという程叫び、あたしは瞼を押し上げ、正面に座っている卑怯な女を睨んだ。

「愛羽さんは、どう思うんスか」
「ラブと考えているけれど?」

 即答してくる愛羽さんに対して、一番効く返答は、これだ。

「じゃあ、ま。そういう事にしときましょーか」

 曖昧にする。
 それが一番、不安を抱えた彼女にダメージを与えられる回答だった。



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