第33話 武藤と電気ショック

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 自分の直感に対してすぐ、ンな馬鹿な、とツッコミを入れた。
 だって、今ので何がバレたっていうんだ。さっきまでこの女はあたしを怪訝そうに見てたはずだ。怪訝に見るってことは得体が知れないと思っているんだ。掴みきれていなかったんだ。絶対そうに、違いない。

 ケド。

「――急に、お箸が使い手を失くしてさみしそうにしているけれど、食べなくていいの?」

 だなんて。
 明らかにおかしい言い回し。

 箸が止まっている事を指し、食べるように促したい。そういう意図があったとしたら、この女ならもっとスマートにセリフを作るだろう。
 だけど『急に、お箸が使い手を失くしてさみしそうにしているけれど、食べなくていいの?』……だと?

 日本の京都は特にその色が濃いけれど、言葉の裏に意味を隠して喋るやり方。
 洋画にもそれは多用されていて、皮肉や揶揄を交えて意思を伝えるやり方を、あたしはよく映画で習う。

 新しいやり方を見つける度、カッコイイなぁと感心する。
 だけど、自分がリアルでこんなふうにそういった手管を浴びるだなんて、今まで考えてもみなかった。

 ピリリと痺れるようなやり方だ。
 たぶん。
 箸は、あたしだ。
 使い手は、先輩。

 つまり、あたしが先輩を失って寂しそうだね? と、この女は――愛羽さんは、言ってきたのだ。

 こちらが運命だと騒いでいる間だろう。彼女は何かで、どこかで、隠していたあたしの真意に気付き、指摘した。
 一応、先輩にまでバレないよう気を回してくれたのか、あんなセリフをわざわざ考えて、”あなたの中にある雀ちゃんへの好意、わたしは気付いたからね?”と云わんばかりに、こちらに小さな笑みを送ってきた。

 底知れない何かを感じたからか、我ながら、あからさまなくらいに肩が跳ね、愛羽さんに対してびびっているのがバレバレだったと思う。
 やばい。攻め込まれる。制圧される。と危機感を抱いたのに、彼女はすいと首を巡らせ、隣に座る先輩を見上げた。

「雀ちゃんも、しっかり食べてる?」
「え、ぁ、はい……」

 恋人からの問いに応じるは応じたものの、先輩の箸は止まったままだ。目も、虚ろ気なまま。
 そんな状態に、この愛羽さんが気付いていない訳がない。が、彼女は何故か、サラダの皿に手を伸ばした。

 え? このタイミングで食う? と思ったが、皿から摘まみ上げたのはトマトで、それを食ったのは先輩だ。
 愛羽さんはなにを考えてるか知らんが、先輩にトマトを食わせた。
 そしたら、先輩は暴れた。座ったままだったけど。

 こっちがビックリするくらいにばいんとソファの上で跳ねて、濡れた犬みたいに首を振って、竦めて。

「ほらほら、噛んで、飲む。もぐもぐ、ごっくん」

 幼子へ促すような愛羽さんをギンと睨み下ろす先輩。
 こっちとしては、なんだなんだなんだ? 状態なんだが、しばらく二人を眺めていて、どうやら先輩はトマトが嫌いだったらしいと知る。

 しかしなんでまたこのタイミングでンな嫌いなモン食わすんだ……? と首を捻りたくなるが、その疑問は、嫌でもすぐに解明された。

 おかえり、ただいま。
 体はそこにずっと在って、どこへも出掛けていない二人の意味不明のやり取り。
 その後くらいに、あたしは気付いた。

 先輩の眼が、生き返ってる……。

 あれは……。
 あのトマトは、所謂、心肺停止状態の患者への電気ショックだったんだ。

 あたしは、人知れず生唾を飲み、ごきゅと喉を鳴らした。
 こいつ……。いや、この人。

 すげぇ。

 あたしには隠語並みに裏のあるセリフで釘を刺して。
 先輩の状態異常も一瞬で治した。

 すげぇ。かっけぇ。なんて感心しまくっていると、愛羽さんは突然先輩に告白した。
 こっちがドキッとするくらいに、綺麗に微笑んで、甘く緩めた瞳で見上げ、頬へ手を添えて先輩を愛でたのだ。

「今から色んな話を聞いて、その中には嫌なものも苦しいものも含まれてる。貴女の辛い記憶も過るかもしれない。……んーん。かも、ではなくて、きっとそう。だからこそ、忘れないで憶えていて?」

 先輩を見つめる横顔は、可愛い系の顔立ちなのに。
 どうしてだか綺麗だと思ってしまう。

 聞こえてくる声は柔らかいのに、一本芯が通っていて真っ直ぐだ。

「わたしは誰より、雀ちゃんが大好きで傍に居るってことを」

 喉が詰まったみたいに、息を忘れた。
 一拍のあと、呼吸は再開させたけど……あたしは口が半開きになるくらい、愛羽さんをじっと見つめてた。



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