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自分の直感に対してすぐ、ンな馬鹿な、とツッコミを入れた。
だって、今ので何がバレたっていうんだ。さっきまでこの女はあたしを怪訝そうに見てたはずだ。怪訝に見るってことは得体が知れないと思っているんだ。掴みきれていなかったんだ。絶対そうに、違いない。
ケド。
「――急に、お箸が使い手を失くしてさみしそうにしているけれど、食べなくていいの?」
だなんて。
明らかにおかしい言い回し。
箸が止まっている事を指し、食べるように促したい。そういう意図があったとしたら、この女ならもっとスマートにセリフを作るだろう。
だけど『急に、お箸が使い手を失くしてさみしそうにしているけれど、食べなくていいの?』……だと?
日本の京都は特にその色が濃いけれど、言葉の裏に意味を隠して喋るやり方。
洋画にもそれは多用されていて、皮肉や揶揄を交えて意思を伝えるやり方を、あたしはよく映画で習う。
新しいやり方を見つける度、カッコイイなぁと感心する。
だけど、自分がリアルでこんなふうにそういった手管を浴びるだなんて、今まで考えてもみなかった。
ピリリと痺れるようなやり方だ。
たぶん。
箸は、あたしだ。
使い手は、先輩。
つまり、あたしが先輩を失って寂しそうだね? と、この女は――愛羽さんは、言ってきたのだ。
こちらが運命だと騒いでいる間だろう。彼女は何かで、どこかで、隠していたあたしの真意に気付き、指摘した。
一応、先輩にまでバレないよう気を回してくれたのか、あんなセリフをわざわざ考えて、”あなたの中にある雀ちゃんへの好意、わたしは気付いたからね?”と云わんばかりに、こちらに小さな笑みを送ってきた。
底知れない何かを感じたからか、我ながら、あからさまなくらいに肩が跳ね、愛羽さんに対してびびっているのがバレバレだったと思う。
やばい。攻め込まれる。制圧される。と危機感を抱いたのに、彼女はすいと首を巡らせ、隣に座る先輩を見上げた。
「雀ちゃんも、しっかり食べてる?」
「え、ぁ、はい……」
恋人からの問いに応じるは応じたものの、先輩の箸は止まったままだ。目も、虚ろ気なまま。
そんな状態に、この愛羽さんが気付いていない訳がない。が、彼女は何故か、サラダの皿に手を伸ばした。
え? このタイミングで食う? と思ったが、皿から摘まみ上げたのはトマトで、それを食ったのは先輩だ。
愛羽さんはなにを考えてるか知らんが、先輩にトマトを食わせた。
そしたら、先輩は暴れた。座ったままだったけど。
こっちがビックリするくらいにばいんとソファの上で跳ねて、濡れた犬みたいに首を振って、竦めて。
「ほらほら、噛んで、飲む。もぐもぐ、ごっくん」
幼子へ促すような愛羽さんをギンと睨み下ろす先輩。
こっちとしては、なんだなんだなんだ? 状態なんだが、しばらく二人を眺めていて、どうやら先輩はトマトが嫌いだったらしいと知る。
しかしなんでまたこのタイミングでンな嫌いなモン食わすんだ……? と首を捻りたくなるが、その疑問は、嫌でもすぐに解明された。
おかえり、ただいま。
体はそこにずっと在って、どこへも出掛けていない二人の意味不明のやり取り。
その後くらいに、あたしは気付いた。
先輩の眼が、生き返ってる……。
あれは……。
あのトマトは、所謂、心肺停止状態の患者への電気ショックだったんだ。
あたしは、人知れず生唾を飲み、ごきゅと喉を鳴らした。
こいつ……。いや、この人。
すげぇ。
あたしには隠語並みに裏のあるセリフで釘を刺して。
先輩の状態異常も一瞬で治した。
すげぇ。かっけぇ。なんて感心しまくっていると、愛羽さんは突然先輩に告白した。
こっちがドキッとするくらいに、綺麗に微笑んで、甘く緩めた瞳で見上げ、頬へ手を添えて先輩を愛でたのだ。
「今から色んな話を聞いて、その中には嫌なものも苦しいものも含まれてる。貴女の辛い記憶も過るかもしれない。……んーん。かも、ではなくて、きっとそう。だからこそ、忘れないで憶えていて?」
先輩を見つめる横顔は、可愛い系の顔立ちなのに。
どうしてだか綺麗だと思ってしまう。
聞こえてくる声は柔らかいのに、一本芯が通っていて真っ直ぐだ。
「わたしは誰より、雀ちゃんが大好きで傍に居るってことを」
喉が詰まったみたいに、息を忘れた。
一拍のあと、呼吸は再開させたけど……あたしは口が半開きになるくらい、愛羽さんをじっと見つめてた。
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