第32話 武藤と運命を誇張したくて

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 ヤッバ……。

 焦った。でもそれを見せる訳にはいかねぇ。
 だから必死で表情をコントロールしながら、あたしの正面でやんわりとだけ目を細めた愛羽さんの質問に回答する。

 また一段とこの女の雰囲気がカチッとしてきやがった……なんなんだ一体この変化は。
 警戒を強めながらも、自爆被害を最小限におさめるべく喋って。
 それでもどうにも強くなってくる愛羽さんの眼力から逃れたくて、つい先輩の方へ視線を流す。

「同じ大学に進学できて、それから。構内で雀ちゃんを見かけたことは?」

 愛羽さんからのその問い掛けで、あたしはなんとか、先輩を凝視するのは免れたけれど……なん……ぇ、先輩……なんつーカオ、してんだよ……? と、気が気ではなかった。

 だって。

 だって、なんで、あんなカオっつーか、眼っつーか……してんだ……?
 呆然とか、虚ろ……? そんな言葉が似合いそうなくらいのカオ……なんで、してんだよ先輩。

 あたしが同じ大学だって知って、……なんで、そんな反応、してんだよ……!?

「そりゃありますよ。何っ回も。コレが目立たない訳ないっしょ」

 喋る口調に、動揺は乗せられない。
 声と、内心は切り離して、どうにかこうにか、コントロールして。

 気になって仕方ない先輩の反応をもっとよく見たい。先輩の感情を知りたい、探りたい。掘り下げたい。
 だけど先輩は一言も喋らないし、逆に愛羽さんはめっちゃ話しかけてくる。

 あたしの大学選びの理由をはじめ、大学でどう過ごしているのかイチイチ訊いてくるから、中途半端にしか先輩の様子を窺えない。
 思うように場の流れを動かせない。考えに集中もできない。先輩を窺いたいのに。
 どれもが半端になって、焦りは募っていく。

 そんなあたしは浅い策しか浮かばなくなって、「運命を誇張したくて」などと、また余計な情報を口走った。

 駄目だ。また、いらんこと言った。
 そう思うも、タンマタンマ今のナシ、なんてできないし、我ながら浮かべてる不敵な面構えは完璧だし。……だったら。こうなったらもう走りきるしかねぇ。

 あたしの発言によって愛羽さんはようやく大人しくなった。
 怪訝そうに眉を寄せてこっちを慎重に窺っている。

 今だ。この機会を逃さずに、あたしがこの場の流れを掌握すればいい。そうすれば最初みたいになるはずだ。

 あたしは殊更ゆったりとした動作で、箸を置き、茶を飲み、更に気持ちを落ち着かせる時間稼ぎとしておしぼりで口を拭った。
 落ち着け。おちつけ。

 全っ然まだ落ち着けてねぇけど、くっそ、だめだ。これ以上黙った状態を長引かせられねぇ。あーもう……!

 最初は元カレストーカー男に絡まれてるただのアホ女かと思ったのに、コイツやり辛くて仕方ねぇわ!

 悪態を胸中に吐き捨てて、あたしは口を開く。
 会いたかった先輩を大学で見かけても、なぜ声を掛けなかったのか。
 自分を縛る理由。
 全てを嘘で固めるのではなくて、本当の事も嘘も混ぜて伝えて、愛羽さんには嘘を信じ込ませる。

 雲隠れした先輩とは会いたかった。喋りたかった。でもただ目的達成したのでは面白くないから、遊んでいただけだと。
 なにせあたし達は運命的な再会をしているのだ。愛羽さんとは、特にそう。
 ストーカーに絡まれている所を救うなんて、運命と言ってもおかしくはない。

 そう。あたし達は運命だったんだ。
 切っても切れない関係。断ち切れない関係。
 先輩が連絡方法を断ったって、あたしが追いかければ追い付く関係だったんだ。
 信仰心なんてひとっつもないけど、神が許したもうたと宣うくらいに、運命だった。

 身振り手振りまで交えて、相槌しか打たなくなった愛羽さんを凌駕すべく言葉を並べていたあたしを、すんと冷えた柔らかい声が遮った。

「――急に、お箸が使い手を失くしてさみしそうにしているけれど、食べなくていいの?」

 どうしてだろう。

 あたしは、”バレた……”と、直感した。



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