第31話 武藤と大学

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 羨ましさが募ったからか、あたしは言わなくてもいい事を口走った。

「先輩は今日は集中講義だったんスか?」

 あ。しまった。
 今日別に、同じ大学へ行ってるなんてバラす必要はない。
 口走った自分にビビる。なにいきなりバレるきっかけになるような事喋ってんだ。

 内心焦るも、先輩はどうやら気付いていないらしい。
 食堂の話もすんなりして、特に何かに気が付いた様子もない。
 勘付かれないようにこっちも世間話みたいな体を保っているから先輩は何の疑問も抱かず喋ってるんだろう。

 よかった。と思う一方、馬鹿だなぁ気付けよ。とも思う。

 つーかさ、大学ですれ違った時に気付けって。とも思う。
 なんで気付かねぇんだよ。
 肩ぶっかりそうなくらい、近かったんだぞ? 金髪だぞ? パリピも結構居る大学だけど、ここまでの真っ金金の頭してる奴はかなり少ないんだぞ? 気付けよ。

 今更だけど、そんなふうに不満が腹の底からチラついてきた。
 イヤイヤ落ち着けおちつけ。同じ大学だってバラす必要ねぇ。今日は愛羽さんがまともな人間かどうか調べるのが、最優先なんだ。だからあたしの事は開示しなくていい。

 ヤ、でも。でもよ? ふっつう気付くだろ? あんだけ一緒にバスケした仲だぞ? パスした仲だぞ?

 自分の中で、対立する思考がある。
 気付いて欲しかったけど、気付いて欲しくない。
 段々ごちゃついてきた思考に飛び込んできたのは、愛羽さんの「待って」という制止。

 先輩しか見ていなかった視線を動かして彼女を見遣れば、その顔でピンと来た。

 この女、気付いてるぞ。

「どうして絢子ちゃん……大学の食堂が閉まってたって……知ってるの?」

 ああ、やっぱり、気付いてる。
 このOL、意外と賢いぞ?

 ただ先輩に惚れてたりストーカーに絡まれてたりする女じゃない。
 今ので気付くのは結構、注意深く話を聞いてないと無理だ。

 予測より賢い。それはなかなか興味をそそられる。
 思わずにやぁとした笑みを隠さずに愛羽さんを見つめていると、バッチリ、目と目が合う。

 引っ掛かった不審点について必死で今考えを巡らせているんだろう。若干虚ろ気の瞳があたしを見てくる。
 コイツに、あたしと先輩が同じ大学ってバラしたら、どうなる?

 ブワリと胸に、脳に、広がる興味。
 面白い人を見つけた時に味わうこの感覚。
 馬鹿が多い世の中で、この感覚が来るのは久しぶりだ。

 そうだな。
 この女がまともかどうか、この情報をどう処理するかどうか。

 見てみたい。
 試してみたい。

「そりゃあ同じ大学行ってんスから、冬休み中食堂閉めるってのは貼り紙で知ってますよ」

 愛羽さんあんたは驚いて終わるか?
 それとも他になんかあるか?

 あと、……先輩。
 あたしが同じ大学と知って、あんたはどんな顔、するんスか……?

 期待と興奮と恐怖を綯い交ぜにしたあたしの視線を引っ張ったのは、ドアの向こうの人物だった。
 失礼しますと言い個室へ入ってきたのは店員だ。

 サラダをはじめとする第二弾のオーダーの品を運んできたらしい。
 ゴロゴロとワゴンを引く音が、会話の止んだ部屋に大きく響く。肉の説明を済ませた店員はさっさと退室していく。

 あたしはというと、焦げてしまいそうな肉があったからそれを食うのに必死だ。ここ数日で、食い物の大切さってのはもう体と心に刻み込まれた。焦がしてなるものかと美味い肉を頬張り、米をまた詰め込む。

 愛羽さんはどうやらあたしが先輩と同じ大学に通うと知って、大きな衝撃を受けているらしい。
 トングを持つ手が止まっている。

 焼いてくれるとありがてぇんだけどなあ。なんて思いながらもう一本余っていたトングで肉をひっくり返したあたしは、すこしだけ。ほんのちょびーーーーーっとだけ、自分で引き寄せたこの展開に、びびっていた。

 だって、なんで2人とも、そんなびっくりしてんだ?

 いやそりゃ、同じ大学だって知ったら、それは驚くとは思う。
 けど、例えばそう、引地がどこの大学に行ってる奴か知った時のあたしくらいの驚き具合と予想してた。ケド、この2人は絶対にそれ以上驚いてる。

 イヤイヤそんな驚くことじゃないっしょ?
 そう言ってやりたいが、言えない。

 もし…………先輩が、あたしを嫌って、拒絶して、卒業時雲隠れして連絡を絶っていたとしたら。それを愛羽さんが知っていたとしたら、今のこの2人の驚きようは納得できる。

 ドックドックと嫌に大きな音を立てる心臓をどうにか宥めながら、あたしは肉を食った。
 まだ2人の顔を見る事はできない。
 網と、タレ皿と、茶碗。それしか見れない。

 だけど絶対、この動揺は察知されたくない。

 特にこの愛羽さん、さっきの少ない会話であたしのミスに気付きつついてきた女だ。気を抜いたらこちらが食われる可能性もある。

 気分はさながら、映画スターだ。
 生死を賭けてポーカーをするような場面と思え。
 表情を作れ。仕草を作れ。
 この場をきっちり、制するくらいに。

 大丈夫。あたしはこの女の査定に来たんだ。
 先輩に相応しいかどうか。
 先輩が誑かされてないかどうか。

 調べる為に来た。

 先輩があたしを嫌ったかどうかなんて今は置いておけ。
 この女が、いいか、わるいか、それだけを見極める為に、本性を見抜くんだ。

 そしてわるい女なら、先輩から引き剥がす。
 ずっとずっとあたしを背に庇って守ってくれた先輩に、恩返しをするのが、今なんだ。

 カランと氷がグラスにぶつかった。
 その音を起こしたのは愛羽さんで、飲んだ烏龍茶のグラスをテーブルに戻した彼女は一度腰を浮かせて、ソファに座り直す。

「絢子ちゃん、訊いていい?」
「さっきまでみたいに肉焼いてくれるならいーっスよ?」

 それまで一切視線を向けなかった彼女を一瞥すると、どことなくキリッとした顔つきをした女がいる。
 へぇ? そういう反応なのか。

 あたしの催促には大人しく従ってトングを動かし始めた彼女。
 その後、愛羽さんは訊いてきた。あたしがどうしてあの大学を受験したか。

 まぁ一番気になるのはソコだろうな。でも、タダじゃあ教えてやれない。
 交換条件を促せば、彼女は飯の約束を提示してきた。

 飯! そりゃいい。ありがてぇ。あたしはこの先しばらく金欠が続くから。
 条件に飛びついたあたしは、内心、あっかんべー状態。

 全部を全部、教えてなんかやらねぇよ。
 なんで今カノに向かって、昔先輩の事好きでしたーとか、白状しなきゃなんねーんだよ。するかよ馬鹿。

 去年、エントランスで会った日、号泣しましたーとか、言えるかよ馬鹿。

 飯の約束と引き換えに、あたしは実家との関係性や事情、そして先輩の進路を参考にした経緯を喋った。
 その最中、愛羽さんを観察していたんだが、彼女はあたしが喋れば喋るほど、雰囲気がカチッとしてくる不思議な女だった。

 なんつーんだろうか。
 烏龍茶の氷をカランと鳴らした時から、キリッとはしてきてた。
 その”キリッと感”が、徐々に増してくるというか。
 エンジンが温まってきたというか。

 店に到着した頃のふわ~っとした雰囲気が抜けて、なんか、違う感じになってきてる。

 なんだ?
 どういう変化だ? なにがコイツの中で変わってる?

 怪しげな変化をしていく愛羽さんに、あたしは若干焦りを引き出される。
 落ち着けおちつけ。あたしの憧れる映画スターは、焦ったりしない。涼しげなポーカーフェイスで、カードを引くのがスターのやることだ。

 しかし。

 おちつけ、と何度も心に言い聞かせたのに、あたしはまだ落ち着ききってなかったのかもしれない。
 とりあえず話を続けようと試みて、出す情報をミスった。

「ま、卒業式の後、神隠しみたいに忽然と消えた先輩に会いたかったってのも、あるにはあるんスけど」

 今の言わんでいいやつーーーーーー!!!!
 なんでちょっと好意ほのめかしたんだあたしの大馬鹿野郎!!!!




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