第30話 武藤と肉

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「愛羽さんは、いつも、どんなメイクでも、服装でも、全部綺麗だし可愛いですからね?」

 恋人の手を両手で包むみたいに握った先輩。
 何をしているのかと思えばいきなりホストみたいなセリフを言い始めた。

 もしあたしが付き合っていた彼氏からあんな事を言われたら、たぶん真顔で「キッモ……」とか言いながら手を振り解く。ケド、あたしの正面に座るOLは先輩にベタ惚れらしい。真に受けて、絶句と赤面をしている。

 まぁさっきも、あたしの食事量を覚えてるって先輩が言ったからだろうけど、張り合うみたいにオーダー任せてたしな。きっとこの愛羽さんって、あたしが予想している以上に、先輩のことが好きっぽい。
 どちらかと言えば、送迎したり犬みたいに言う事聞いたりしてる先輩の方が、恋人にベタ惚れなのかなと思っていたが……違うのかもしれない。

 あたしの中にあった認識を改めつつ、それでもまだ決め切らずに二人を眺めていると、ついに、肉が来た。
 ワゴンに乗せた様々な肉。今のあたしには宝石以上の価値がある。
 配膳されていく光景を見るだけで涎は出るし、それを飲み込むとこきゅっと音が鳴るくらいに、期待と空腹が募って仕方ない。

 肉。肉! 肉!! 肉!!!!!!

 烏龍茶とかも来たけどとりあえずそれはいいよ、肉! 肉食いたい! あと米な!
 肉で米を巻いて一気に食いたい。タレがついて茶色くなった米も、絶対美味いに違いねぇ!

 店員が出てった後、細い指がトングを握った。

「絢子ちゃん、わたしが焼くから、どんどん食べる?」

 え神か!? 神だな! 神なんだ!!!
 焼いてくれるなんてぜってー神じゃん愛羽さん!!!!

「いーんスか!? ありがたい! いただきます!」
「オイ。ちょっとは遠慮ってものをしろ」

 うるせぇ肉! 肉食いたいんだよ! と先輩に返すのも面倒で無視して箸袋から割り箸を取り出して、早速パキッと割る。
 その間に愛羽さんは先輩をやんわり宥めつつ、網に脂を塗って、肉を乗せてくれた。

 ぅお~~~~にく~~~~~~~~っ。

 ジュウといい音が立つのもたまんねぇし、煙ですら美味そうに見えてくる。
 あたしは肉が焼けたら即行で食えるように右手にお箸左手にお茶碗状態だ。

 愛羽さんは空腹なら米でも食えと言ってくるがとんでもない。焼き肉屋に来て一口目はビールか肉に決まってる。
 ホラ、先輩も頷いてるし。やっぱサラダなんか頼んじまう愛羽さんは分かってねぇなあ。これは焼き肉屋の作法も同然だぞ?

 彼女が分かってねぇ事は他にもあって、あたしと先輩を似てる、などと言うのだ。
 どこが似てんだ。似てねーよ。
 あたしはこんなカッコイくねーよばーか。あんた先輩の事、ちゃんと見てんのか??

 前マンションのエントランスで会った時も思った。
 こいつ、先輩の事分かってねぇなって。
 高校の頃の事を知らないって点で、そこまでまだ深い関係性は築けていないんだろうとは分かる。ケド、先輩が自分の過去、つまり狼さん時代のことを現在付き合ってる女に言うのはなかなか難しい所だ。
 なにせ、とっかえひっかえ女を抱きまくっていた、だなんて、恋人としては耳に入れたい情報ではないだろうし、その気持ちを想像できない先輩ではないだろう。だから何か言うきっかけが無ければ狼さんの事は喋れないし、あとは……部活で散々な目にあったり、ストバスへ行って大ごとになったってのもまぁ言い辛いと思う。

 たぶん、いや、きっと。
 愛羽さんはほぼ何も知らされず、知ってたとしてもふわっとした触り程度にしか先輩の過去を知らないんだろう。
 そうなるとそりゃあ、先輩の事、何も分かってない訳だよな。

「はい。2人とも、これとこれは焼けたからどうぞ?」

 オカンかよ。思わずツッコミそうになったが、先輩が大きい方の肉をあたしに勧めてくれたのでツッコミのタイミングを逸した。
 が、もう、肉が焼けたのならばツッコミどうこうどころではない。

 脂が滴りそうな焼けたロース。
 箸を持つ手に熱を感じながら網から引き上げて。
 あっつあつの肉にタレをたっぷりつけて。
 浸した両面から垂れそうなタレを上手にきって、白米の上に。
 ほかほかの米を包むみたいにして肉でくるみ持ち上げる。
 フーフーと息を吹きかけ、まだ熱いだろうけど、がぶっと食いつく。
 口に広がるのは、タレと肉の味。それを追いかけて出てくる米の味。

「うーんま! 肉! 米! うっま……!」

 うんめぇぇぇぇぇぇぇぇ…………っ!!!
 飯、うまぁぁぁぁ!?!?
 え、ごはんってこんな美味かったっけ!?

 いや美味い。美味過ぎ!!

 しばらくパンの耳だけで生活してて、日本人なのに米から遠ざかっていたからかもしれない。米が、美味過ぎる。

 唾液が半端じゃないくらい出てくるし、久々のご馳走に胃がちょっと痛むくらいだ。

 加えて愛羽さんは好みの焼き加減を訊いてくれたり、どんどん焼くから食べろと言ってくれたり、超ありがてぇ。
 家族で焼き肉屋に来たらなんかいっつもいつの間にか焼く係にされてたりするからこういうのありがてぇわ~。

 えー、先輩いいな。この彼女と来たらこうやって甲斐甲斐しく飯の世話とかしてもらえるのか。
 それはいいな。羨ましいかもしれん。

 引き続き肉と米を食うあたしの正面では、どことなーく甘い目で愛羽さんが先輩を見つめて、勉強頑張ったんだからいっぱい食えとか言ってる。

 ……愛羽さん、めっちゃ優しいな。
 あたしは受験勉強頑張ってた頃母親にも父親にも引地にもンな事言われた覚え、一回もないぞ……?

 ぅげー……うらやまし。なんだその待遇。めっちゃいいじゃん……。



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