第29話 武藤と先制攻撃

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「服従だなんて。ちょっとお願いしてるだけよ?」

 なんつーか、横暴としか思えねぇんだけどな、アンタのそういう態度。

「愛羽さんにはちょっとしたお願いとしか思えない行為も、先輩からしてみれば嫌で嫌でしゃーないかもしれないってケース、あるんじゃないっスか?」

 愛羽さんのと、自分のと、終いにはあたしのコートまでをハンガーに掛けてくれた先輩を指差して言ってやった瞬間に、彼女の顔が一瞬強張った。

 やりぃ。

 とニヤつくあたしは次の瞬間、手を火で炙られてクソほどビビった。
 まさかンな事先輩がしてくるだなんて思わなかったし、「愛羽さんは私が本当に嫌と思う事はさせない。余計な事言うな」と、ドが付くほどキッパリと断言されるだなんて思わなかった。
 それに加えて、愛羽さんが先輩を叱ったのも結構意外で、自分を攻撃してくる存在であるあたしと一緒になって先輩を責めるのは、なんとなくまともな大人に見える。

 ……あたしを油断させる為の計算なのか?
 それとも悪い女ではなかったってことか……?

 まぁ。この店で一番高い食べ放題コースを注文してくれた点は、「マジ神!!!!!」と内心ガッツポーズを取ったけれども、高い飯を奢ってくれるイコールいい人ではない。そこは履き違えないよう気を引き締めつつ、それでもとりあえず肉と言えば酒だと思い、あたしは手を挙げた。

「ビール飲んでいいっスか!?」
「だめ」

 ソッコーで禁じられたけど、頼み込む。
 そりゃここはアルコール系のドリンクが単品オーダーになって金が余計掛かっちゃうのは分かる。けど、一杯くらいはいいんじゃないか?
 奢ってもらう立場ではあるが、内心、ケチケチすんなよと社会人だろ稼いでんだろと思ってしまう。

「飲酒が合法なのは、いくつからか知ってる?」

 そりゃ二十歳だけど、ンな法律守ってる奴なんかいねーよ。
 あたしのバイト先だって皆余裕で飲んでるし、大学の新歓とかでも飲んでる。ひと昔前よりは多少監視の目は厳しくなったらしいけど、宅飲みで酒の調達をする際には誰か一人20歳オーバーが居れば事足りるし、通販で箱買いしておけば簡単に手に入る。
 海外じゃ道端で酒飲んだら捕まるとか法があるけど、日本じゃあ別段それを取り締まる訳でもない。

 それなのに愛羽さんは真面目腐ってそんな禁止文句を述べる。
 イヤイヤ。焼き肉には間違いなくビールっしょ。そうに違いないのに、「ビール以外なら、いくらでもどうぞ」と注文用のタブレットを差し出された。

 くっそー。ビールがよかったのになぁ。
 でもまあビール以外ならいいらしいし、な? ビール”以外”なら。

 あたしは迷わずアルコールドリンクのメニューページでスクリュードライバーをカートへ放り込み、さらに肉のページに戻って食いたい物を片っ端からタップする。
 こういうメニューの画像ってやっぱ美味そうだよな~見てるだけで涎出そう。なんて思っていると、突然先輩に呼ばれた。

「なんスかー?」
「ビール以外も、酒はだめだからな」

 くっそ。バレたか。

「鋭いナー、流石先輩。んじゃこれはキャンセルしてー。何飲むんスか? 愛羽さん」

 思わず浮かんだ笑みを隠しもせずあたしはスクリュードライバーをカートから削除した。
 正面に座るOLは、面食らっていたが気を取り直して烏龍茶と答える。その後先輩のドリンクも聞いてあげているのはえらいなぁ。

 あたしのペースで場が流れているのは楽しい。気分がいい。
 にやつく表情を抑えられない、が、まぁ構いやしないか。

 とりあえず気の済むまで肉、米、茶をカートに放り込んで、向かい側であたしの悪口を言っている二人にタブレットを渡す。
 先輩が食べそうな物は分かるけど、愛羽さんの好みは全く分からない。見た感じでは焼き肉屋で肉を食わず野菜を食いそうだなと思ったりするが、どうなんだろうな?

 先輩はご丁寧に、恋人にもタブレット画面が見えるように二人の真ん中へ置いてあたしがアルコールドリンクをカートに入れていないかチェックした。その抜け目ない感じは、昔もよく目撃した記憶がある。

 バレなければスクリュードライバー飲めたのになぁと内心悔しがりつつ水を口に含む。さっきから腹がぐうぐうと鳴って止まない。きっと美味そうな匂いに包まれ、さらにメニューで肉画像を見たからだろう。空腹が限界だと胃が叫び倒している。

 ん? あれ?

「あ。送っちゃったんスか? 飲み物は3人分入れたけど、肉は自分が食いたい分入れただけっスよ?」

 反対側から眺めていると先輩がカートのオーダーを送信したのが見えた。何の為にタブレットを渡した意思疎通できてなかったかと一瞬焦るも、先輩が平然と、あたしを優先させるようなセリフを吐くから…………なんか、調子が狂う。

「……あざっす」

 かれこれ、2年近くだ。先輩と会わなくなって。

 先輩が高校生だった頃でも、学年は違うし、そんな頻繁に一緒に飯食ってた訳じゃないし、あたしがどれだけ食べれるかなんて、普通、覚えてやしない。
 なのに平気な顔して、何事もなかったみたいに、しれっと、把握を述べる。空腹のあたしのオーダーを先に通してくれる。

 昼間の電話の時は死ねとか言ってきたくせに。
 ……。卒業して連絡手段、断ったくせに。
 大学ですれ違ってもあたしに気付きもしなかったくせに。

 ふつふつと沸いてくる気持ちはどれもこれも、文句だ。けど、その文句を攫ってプチっと潰して相殺するくらいに先輩はさらっとあたしを気遣ってくる。

 だって、今、あたしに関する記憶があるってことは、たぶん、連絡手段を断ってからも、ずっと覚えてたって事になるし。
 それはつまり……あたしを嫌いになって拒絶してたってコトじゃない…………かも、しれない、し。

 あたしは冷たい水を口に含む。
 ほわんとする胸の真ん中を落ち着かせる為に、また一口、冷水を胃に流し込む。



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