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指定された店へ着いた。
集合時間よりも早いから、きっとまだ先輩達は来てねーとは思う。
店の入り口付近に立って、駐車場を見回す。
先輩はどうやら車を持っているようで、以前も恋人の送迎役を買って出たくらいだし、どうせ今回もアッシー君になっていることだろう。けど、見回せどもあの長身は見当たらない。
自分が早く来すぎたんだが、さみぃんだからさっさと来いよなどと脳内で文句を作成してしまう。
その間も、あたしの腹は空腹を訴えている。
ここ数日で3キロも落ちたし、絶対的に飯も栄養も足りてない。しかもこの店先っつうか、店の駐車場に入ってくる前から風に乗って香る焼き肉臭があたしの空腹を倍増させているから、頭の中では「腹減った」の文字が踊り狂っていた。
でも、そんなふうに文字が踊っていても、あたしの頭の中半分はずっとずっと緊張してる。
昼間先輩にレスキューを求めるメールを送ったときには空腹過ぎてあまり後の事は考えていなかったんだが……、ここに来る道すがら先輩とその恋人である愛羽さんについてちょっと考えてみたら、我ながら急展開を呼び寄せていてぎょっとしてしまった。
なにせ、先輩にふさわしい女かどうか。
先輩が誑かされていないかどうか。
あたしには確かめる義務があり、もしも愛羽さんが悪い女であるならば先輩と引き剥がすという役目を全うしなければならないのだ。
愛羽さんと会うのは3度目。
それまでメールでのやり取りはあったものの、結局は微妙な女って評価しかできなかった。
メールの返事はもう二度と来ないかと思いきやひょっこり寄越してきて。その内容は返事が遅くなったことの謝罪と理由が書いてあった。
生憎と大学生のあたしには、仕事で出張へ行けばどれだけ多忙になるのかが分からない。
だから愛羽さんが嘘をついているのか、本当の事を言っているのか、分からないのだ。
結局は、今日、この食事の際に、見極める必要がある。
先輩にとって良い人物なのか。悪影響を及ぼす人物なのか。
その大役を与る身だからか、自分の心臓……というか、心持ちというか。胸の中央あたりがそわそわと落ち着かない。
まるでバスケの試合前みたいだ、なんて、懐かしい感覚をむずつかせる脳裏に、度々何故か過るのは引地の顔。
なんで引地が? と幾度となく自身へ問うけれど、イマイチ、答えが分からない。
強いて言うなら。
思いつくのは……。
あいつの不動さは、ある種の尊敬を抱くくらいに、でかい。
だからかもしれない。
こんなに引地からの連絡が来ないだろうかと待っているのは。
今この時、その不動さを少しでも借りられたらありがたいのにと願っているから。
イヤでも、待っていたって、たぶん連絡は来ない。
あいつは自分から連絡を寄越すタイプではないし、何より今帰省中であたしの事なんて忘れちまっている頃だろう。
最後に連絡をしたのはあたしからだったし、去年の事だったし、大学の冬休みが始まって早々に帰省し、年明けを祝うメッセージひとつも寄越さないくらいだから、引地自らあたしに連絡しては来ない。予想としては、あいつが帰省を終えてこっちへ帰ってきて、調理済みの食い物がなくなった頃に「あなたの作った○○○○が食べたいから作りに来て欲しいのだけど、いつ時間が取れそう?」ってな具合に連絡を寄越すんじゃないかと思っている。
ったくほんとに、白状な奴だと思う。あけおめの挨拶一つでも寄越せよと思うのに、なにもない。
ケド、それはやっぱりあいつらしいなと思うし、その揺るがない感じをあたしは面白いと感じてしまうのだ。
つくづく自分もおかしい感覚を持っていると実感しながら、ケータイをポケットから取り出す。数秒前何かの着信で震えたケータイの表示を覗き込んだ瞬間、手からポロとそれが落ちた。
「ぅわ……」
一人で立っているのに思わず声が出るくらいに、コンクリに向かってケータイを落とすのはキツイ。
一応カバーはつけているものの硬い地面に落とせば画面が割れる確率は超高い。慌てて拾い上げ、そこに何の亀裂も入っておらず生存確認できてほっと一安心すれば、その後追いかけてきた感情は……気に食わないが嬉しさだった。
引地望。その三文字がディスプレイに浮かんだという事は、つまり、そういうこと。
あいつの方から連絡してきた。
明日は槍が降るかもしれねぇなと内心で皮肉りながらも、あたしの指は到着したメッセージを迷いもなく開く。
武藤さん、明日の午前中予定はある?
「うーわぁ……」
マッジでぶれねぇなあアイツ。
一人なのに声出るくらいに、アイツぶれねーわ。マジそんけーする。
なんもねぇけど。とだけ返して、待つ。
引地は基本的にレスが早い。ケータイに依存する質ではないから着信メッセに気付きにくいものの、気付いたあとはすぐに返事をくれる奴だ。
しかし、それにしたって、新年一発目のメッセだぞ?
あけましておめでとうございますの一文くらい入れてもいいんじゃねぇのと思うが、まぁやっぱりそこは引地だな。
時折店の中へ入っていくお客から隠すように口元を片手で覆って隠しつつ、あたしはケータイを見下ろす。
引地はあたしの予定を聞いてきたが……なんか用事か?
うーん……?
……。
……あ゛…………もしかしてアイツ、もうすでに帰ってきてるとかじゃないだろうな……!?
今日は1月の4日だ。
三が日を実家で過ごした後帰ってくるとかザラにある正月スケジュール。そんな感じで一人暮らしの家へ戻って過ごしていて、今日で食うものがなくなったから、明日作りに来てくれとか言うつもりか?
だったとしたらもっと早く連絡を寄越せと文句を言ってやりたい。
お前がこっちに帰ってきてるなら、あたしは先輩に自分から連絡して焼き肉を愛羽さんに要求しなかったのに。
向こうが誘ってくるまで、連絡を大人しく待っていたのに。
くっそ……あと1日粘って空腹に耐えておけばこんな急展開は免れられた訳か~……。
今更悔しがっても仕方ないのだが、そういう事なら随分と悔しいぞ。
くっそー引地。お前はやっぱり空気の読めない奴だ。
今だって寒い中素手を晒してケータイ握ってんだ。あっという間に指の先から冷えてきてるけど、一向に次のメッセが来ねぇし……。あーもうクソ。待ってられるか。
あたしは沸々と湧いた引地へのイラつきで、ケータイをポケットに突っ込む。
それと同時に両手もそれぞれ左右のポケットに仕舞い込んで、少しでも暖を取る。
早く着き過ぎたあたしが悪いってのもあるけど、さっさと来いよなー二人とも。
引地は引地でさっさと返事寄越せ。
自分が空腹で短気になっている自覚はちょびっとあるものの、それをコントロールできる大人なココロは持ち合わせていない。
あたしは寒さに首を竦ませながら、飯を恵んでくれる人を心待ちにするのだった。
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