第25話 武藤と正義感

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 明け方の4時半前。

『うるせぇ常識的に時間を考えろお前に心配される筋合いない勝手に下の名前で呼ぶな殺すぞ』

 切ってくれて助かった。
 そう考えに至れたのは、通話が切れて5秒後くらいだ。

 ドドドドドドと走る心臓の原因はいきなり先輩が電話に出てきたから。
 自分がコールしたのは、先輩じゃなくて、先輩の彼女だったのに。いきなりあの人が。しかもブチギレ状態で出てくるから。

 びびった……。マジでびびった。
 イヤあの人がキレたって大して怖くねぇけど昨日の今日でいきなり電話に出てくる奴があるかよクソが。

 心の中だからこそ威勢良く悪口を散らすけれど、あたしはケータイ片手に胸元の服をギュウッと鷲掴んでいる情けないポーズ。
 ああもう。昨日からこんな自分が嫌になる!

 浅くなっていた呼吸を意図的に深くして、一息に吐き出す。
 ええと。そう、そうだ。
 何の為に電話をかけたかっていうと、先輩の彼女――愛羽さんが起きてるか、そして送迎係の先輩が起きてるか、確認したかったからだ。

「……の野郎……あんたの心配で掛けてやったのになんだその返しは」

 今更だけど、握っていたケータイを睨んでぼそっと言い返す。文句の宛先は先輩だ。
 あんたは時間に正確だけど、ごくたまーに、抜けた所があるから心配だったんだよ。

 あれだけ恋人に懐いて言う事を聞く先輩だ。
 車で送る約束をしているにもかかわらず寝坊した、なんて事があったらきっと先輩は落ち込む。自分を責める。

 それに、愛羽さんが寝坊した場合も自分が起こしてやれなかったら……きっと責める。

 あの人は自分より他人を優先するような性格をしているから、無駄に自分を責めるのだ。

 ……高校の頃だって。
 元はと言えば、ストバスを紹介したあたしが悪いのに、あの人は責めもせず全部引っ被って、対処して、沈静化の為にストバス通いをずっと我慢した。

 お前があんな所に連れてくから私が秋庭に睨まれたじゃないか、とでも言って責めてくれた方がずっとマシだった。
 先輩の兄貴やストバスの皆の力で教師を黙らせられたんだから、あそこまで長期的に謹慎し続けないでほしかった。
 お前は表に出なくていいから話を合わせていろよと、あたしを庇って、庇いきったまま事を鎮めないでほしかった。

 あの人の対応に任せて、自分は隠れきって、逃げ切ったのに何言ってんだって感じかもしれないけど……今でも思う。

 自分も、先輩の横に並ぶべきだった、と。
 白状して、一緒になって怒られるべきだった、と。
 んで、生徒指導室から退室したあと、2人でブツブツ文句言いながらも笑って帰ればよかった……と。
 

 一度も責めない先輩に甘えて、背中に隠れて、自分は事が収まったら自重期間を取り戻すみたいに足繁くストバス通いをしなければよかった、と。

 どれもこれも後悔ばかりだ。
 それが時間差で効いてくる毒みたいに、しくしくと痛んで、蝕んでくる。

 あたしはその毒をすこしでも消し去りたくて、今、動いているんだ。

「…………でもそれだって……自分だけだったらきっと動いてないよなあ………………」

 一人暮らしの、安くて、せっまい部屋。
 布団に倒れ込んで、小さく呟いた。

「先輩が誑かされている可能性はないの?」

 その言葉を引地が言う意味が分からなくて、あたしは「はあ?」と眉を歪めた。
 そんなあたしの表情はお構いなしに彼女は自分の考えを言う。

「あなたから話をたくさん聞いてきて、聞く限り、その先輩はとても人が良いみたいだけど、恋人はまともなのかしらと疑問に思ったの」
「は……? まとも……?」
「もっと言うなら、相応しいのか聞きたいのよ」

 また相応しいかよ、と若干呆れる。

「だからンなもんは先輩が決める事だし――」
「――長い間、先輩を追いかけて、想い続けたあなただからこそ分かる事もあるでしょう?」

 またあたしを遮った引地が妙だなと感じたが、それ以上に口にしている内容が気になる。

「あたしだから……?」
「ええ。あなたほど先輩を見続けて、追い続けた人はいない。そのあなたが今日見て、違和感はなかったの?」

 そりゃ確かにあたしは先輩が忽然と姿を消してからも、忘れられなかったし、むしろそれをきっかけにして気持ちを認識して、追いかけ続けた。大学受験もめちゃくちゃ頑張ったし、大学へ入ってからも学費の為のバイトは頑張って続けてて、周りの”親が生活費学費出してくれる勢”とは差のあるキャンパスライフを送っている。
 途中は彼氏作ったりなんやかんやあったけど最近はなんつーか下火で想い続けてたっつーか……なんてか……会って彼女居て号泣するくらいは自覚以上に好きだったワケで……。そんなあたしが気付く、違和感がなかったかどうか?

 ……違和感。

 違和感。

 そりゃあ……あったさ。

 あたしの知る狼とは全然、違った。

「先輩が、先輩じゃないみたいだった。彼女の言う事すげぇ聞くし、自分の事でもないのに礼言うし、昔の先輩とは……マジで全然違った」
「そんな先輩をあなたは見過ごすの?」

 引地は真っ直ぐにあたしを見て訊いてきた。
 違和感を見過ごすのか。そのままにしておくのか。

 後に後悔を抱く可能性を、知らせてくれた。

「……。……」

 あの時だって……自ら生徒指導室に乗り込むべきかと思った。
 外から、明かりの消えないその部屋の窓を見上げて、迷った。
 それでもあたしは引き返す勇気がなくて、踏み出す足を持てなかった。
 留まって、待つ事しかできなかった。

 それを繰り返すのか……?

 またあの時みたいに迷っている自分を見過ごして、この先しばらく経った後、自分の行動選択を後悔する。そんな馬鹿を繰り返すのか……?

「……」

 あたしは引地を見た。
 真っ直ぐな目をするこいつは、いつもあたしの背を押してくれる。

「……ウン、そうだな。何かあたしに出来ることがあるなら……今回は……――」

 やるべきだよな。



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