第17話 武藤と入学式

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 ねむい……疲れた……。
 脳内でそう呟きながらあたしは無事に合格できた大学の正門から出た。

 入学式も、その後の説明会も、すぅっげー面倒だったしだるかったし、眠かった。プラスしてこのスーツ。すげー疲れる。股閉じてなきゃいけねーし、超筋トレになった。なんてことを考えていると、ふと見知った顔を道端に見つけてあたしは一瞬だけ立ち止まる。が、無視してここを進めるほど、恩知らずではない。

「入学、おめでとう」
「アリガトウゴザイマス。……なにしてんだよンな所で」

 約束通りあたしをこの大学へ入学させてくれた彼女が、歩道の脇のガードレールに寄り掛かっている目的はきっと、あたしに会う為だろうけど一応聞いておく。

「あなたに会いたいから待っていたの」
「なんで会いたかったんだ?」
「今日、おめでとうが言いたかったから」

 西日を背負う形で立っていた引地に近付いて僅かな影へ入り、やっと目を細めずに話が出来るようになった。と、思った瞬間「だけどアポイントメントを取らずに待っているとそんなにも睨まれるとは、思っていなかったわ」と少ししょぼくれたような声で言う彼女。
 ……ま確かに睨んでるように見えるだろうな。夕日に目を細めて眉を寄せてるヤツの顔は。

 どう誤解を解いたもんかと後ろ頭を掻いたあたしは、とりあえず「睨んでねーよ」と否定してから太陽を指差した。

「なに?」
「あれ見て。眩しくないか」
「とても眩しいわ」

 ……。コレで理解できるような奴じゃないんだよな、やっぱ。
 脳内で嘆息をついてあたしは場所を移動した。ガードレールに寄り掛かる引地の隣。夕日を背に、引地があたしを見ようとすれば眩しい位置に立って彼女を呼んだ。

「そっからあたしを見たら、太陽が眩しいだろ?」
「ええ。とても」
「だから顔顰めちまってたんだ。勝手に待ってたお前を睨んでた訳じゃねーよ」

 今だってお前はあたしを睨んでるよう見えるからな、と説明してやると、彼女は大きく納得の頷きを見せてから笑った。

「よかったわ」

 素直に喜ばれるとなんか調子狂うけど……ま、いいか。

「で? おめでとうを言ったお前は目的を達成できた訳だが、これからどうしたいとか計画はあるのか?」
「ないわ。あなたのこの後のスケジュールも知らないし、言えたら満足と思って来たから」
「じゃ、飯一緒に食おうぜ。ちょっと早いけど晩飯だ。これから帰って作る元気は今日のあたしにはもうねぇ」

 確か近くにファストフードの店があった気がする。
 彼女を誘って歩き出せば、大人しくついて来るものの、引地はそういう店に入ったことが無いと言い出した。

「マジで……?」
「だって、メニューシステムがよく分からないんだもの」
「聞けば一番親切に教えてくれるタイプの店だと思うけどな」
「そうなの?」

 ……それも知らんのか……。
 ま、でもそうか。一度も行った事ないなら中で働いてる人がどんな接客するかも知りはしないよな。

 妙に納得できたあたしが「じゃあ店行ったら一緒に注文しよう。今日は奢ってやる」と提案すれば、引地は首を横に振った。

「今日はあなたの入学式。お祝いされる新入生が奢られるものよ。私が奢るわ」
「やりぃ。ゴチ」
「……”ふつう”は一度は遠慮するものではないの?」
「あたしは普通じゃないんでね」

 そう言って笑ってやると、引地は複雑そうな笑顔を見せる。

 いつもそうだ。こいつは普通じゃないことをあたしが自ら選ぶと、とても複雑そうに見てくる。それはきっとこいつが自分自身を”ふつう”の分からない人間と自覚し、自分とその他大勢の違いをある程度理解しているからだと思う。

 あたしにしてみればきちっと言葉数を増やして具体的な話し方を心掛ければ、引地はフツーに話が通じる奴と思うし、賢い部類の人間と思うんだが、ストバスの奴らとの絡みを傍で見てても、あたしのように振舞える人間は意外と少ないようだった。

 引地を連れてやってきたファストフード店。
 彼女をフォローしながら注文を済ませ、テーブル席にやってきたあたしは難しい顔で「やっぱり難しいわこのお店」と言う引地に「じゃあまた一緒に注文しに来てやるから奢ってくれ」と軽い冗談を告げてみた。
 数秒間考えた彼女は「それはきっと、タダ飯を食べる為ね?」とあたしが教え込んだ「タダ飯」という単語を用いながらさらに真の目的を推し量れたので拍手してやる。
 ツンと顎を上げた引地は、お祝い事でもない限り、奢ってくれそうにないみたいだ。

 腹が減っていたあたしは早速ハンバーガーの包みを開ける。久々だなぁと思う、こういう外食。あーでも、外食ではないけどこないだ宅配ピザは食ったか。

「何がおかしくて笑っているの?」

 正面から問い掛けられて、自分が少々笑んでいた事に気付かされたあたしはバツの悪さを誤魔化す為にバーガーに齧り付き、「こないだもお前に合格祝いだっつってピザ奢ってもらったのに、今日も入学祝いで奢ってもらったから。奢られすぎてっかなーと思ったんだよ」と説明しておく。

「そう。私はもしかして、好きな人に会えたから笑っているのかと思ったけれど、違ったのね」

 ごふっ、と噎せて、慌ててジュースを飲み、なんとか咳をおさめてから平然とした顔でバーガーを食う引地を睨む。

「夕日が眩しいのかしら?」
「ああスゲー眩しいな……!」

 互いに互いの理解が進んだあたし達はこういうやり取りをたまに出来るようになった。
 嫌味を仕掛けてくるのは大概引地で、それに嫌味を返した所で彼女は全くダメージを受けていないどころか、嬉しそうにしながら「面白い冗談ね」と言うのだから毒気を抜かれて仕方ない。

「……。今日は式典と説明会だけだったから、他の学年なんてほとんど見てねぇよ」
「だけどお昼ご飯は学食を使ったんでしょう? いなかったの? 好きな人」

 あたしはポテトを5本同時に頬張った。
 もそもそと咀嚼しながら、昼休憩を思い出す。

 確かに引地の言う通り、あたしは学食に昼飯を食いに行った。
 今日の新入生はスーツ、他学年生は私服でバッチリ見分けがつく日。あたしは度々在校生に視線を向けては探したけれど……先輩は見つからなかった。今日一日の中で一番緊張したと言っても過言ではなかった昼休憩。マジで緊張し損だったくらいに、先輩の姿は、なかった。

「いなかった」
「そう。残念だったわね」

 ……残念、だった……のか?

 どうなんだろう。

 会えた所で……どうしたいのか、あたしはまだ決めかねている。
 喋りたいのか。文句を言いたいのか。告白をしたいのか。どうしたいのか、分からない。

 まぁ……でも、入学したからってすぐに先輩が見つかる訳でもないし、急いで会いたい訳でもないし、とりあえず……今はいいか。

 ポテトの油で汚れていない小指で眉を掻いて、あたしは引地に尋ねる。

「そういや、次は何日後に飯作って欲しいんだ?」



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