第12話 武藤とセンパイ

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 あの日から、告白や恋について改めて考えていると、いつの間にか、秋になった。
 とは言え、あたしがやっている事はほぼ変わらず、勉強バイト勉強バイトたまにバスケだ。

 先輩と会って何をしたいのか問われてから、分からなくなった。
 なにをしたいのか。告白をしたいのか。
 ていうかそもそも、あたしはまだ先輩を好きなのか。

 ストバスの連中に指摘されて最初は抵抗していた事実だったが、日が経てば経つほど、思い出す回数は増えるし会いたい喋りたい声聞きたいバスケ一緒にしたいという欲求は増えるし、試しに読んでみた恋愛小説にはドンピシャ当てはまるし、恋愛モノ映画にも当てはまった。
 うわこれあたし絶対先輩好きなんじゃんと認めて、じゃあ会いたいから先輩の行った大学に行きたい。じゃあ今のあたしでは多分合格できないから勉強しなきゃと思いバスケ部を退部し、家庭教師を得て……という今までの展開だったが……。
 秋になった今も……あたしは先輩を想えているのだろうか?

 勉強バイト勉強バイトたまにバスケの生活の中、先輩を思い出す回数は徐々に減っている。
 忙しくて思い出して感傷に浸る暇がなくなってきたっていうのも、ある。
 でも恋って、その人の事が頭から離れなくて気が付けば考えていて、思い出していて……とか、そういう感じの状態なんじゃないか?
 それって春頃のあたしは該当したけど、今は……ちょっと違わないか? どうなんだ……?

 そんなふうに、脳みそで恋だのなんだのと考えている時間が以前より格段に増えたせいか、あたしの体からフェロモンが放出し始めたのかもしれない。バイト先のセンパイに、告られた。

 あたしに告ってきたのは、大学1年生の男のセンパイ。身長は男にしては低めの160センチ後半。大学生らしく茶髪に染めてパーマもかけて、でも自分の身長とキャラに合うように、イカツイ男を目指さずどっちかと言えばカワイイ系とかサロン系を目指してるのは、自分の演出が上手いなと思う人だった。
 上手いと言えば、その人は目端が利くタイプの人間で、見ていないと思っている事でも意外と見ていて後輩であるあたしをフォローしてくれたり、後から気を付けるべきことを注意してくれたり、いろいろと助けてくれる人だった。

 そんな人が「シフトあがりにコンビニ行かん? 今日から肉まんの新商品出るってよ」と普通に誘ってくるので「奢ってくれるなら行くっス」と普通に返したその日、少し寒くなってきた秋風に吹かれつつ、あたしは告られたのだった。

「え゛……」
「んな嫌そうな反応すんなよー、傷つくだろ?」
「……嫌……とかではなくて、意外っつか予想外過ぎてちょっと……。今までセンパイそんな気配、秒も見せなかったじゃないっスか」

 あたしのバイト先は男女比で言えば5対5くらい。男の中には……っつか、29にもなってフリーターでバイトリーダーも学生に奪われるような馬鹿なオッサンだったけど、そいつには妙に気に入られて、”ソウイウ気”をちらつかせてっつうか見せつけてくるヤツも居たけど……このセンパイはまったくそんなの感じなかった。
 なのに、いきなり、しかも別にデートとかでもないこのコンビニの横で。車止めの石に座りながら、ムードもへったくれもないこの場所で。肉まん食いながら、だぞ?

 驚くなっつー方が無理ある。

「だって、沖さんに迫られてて迷惑そうにしてたから、そういうの皆の前でされるの嫌なタイプかと思って控えてただけだ」

 沖さんというのは、29のオッサンの事だが。
 やっぱりこの人は見てるとこ見てんなぁ。

 大体沖さんは二人きりの時”ソウイウ気”アピールしてきてたんだけど、マジでこの人、第三の眼とかあんじゃねぇの……?

「あー……ま、沖さんはハッキリお断りしたいタイプっつか興味ないっつか……」
「じゃあおれには、興味ある?」
「う、んーーー?」
「ウン? OK?」
「いや。うーーーーんっス」

 頷きじゃなくて腕組みだときちっと伝えてみせれば、彼は「肉まんもういっこ買ってきてやろうか?」とあたしを餌で釣ろうとしてくる。

「安すぎませんか」

 いきなりネタというか笑いを取りにいったセンパイにツッコめば「それで武藤ほどの子が釣れるとは思わないけどないよりマシかと思って」と笑いながら立ち上がりかける。
 肉まんはもういいからと引き留めるべくパンツを引っ張りながら、あたしは考えた。

 先輩が好きなのか。センパイが好き……? いや確実に今好きではないが、付き合ってみてもいいと思えて……いずれは好きになれる相手、なのか。

 左側の車止めの石へ座り直した彼は、右側の車止めに座るあたしに体ごと向き直った。
 こちらは首だけぐりっと回して左方向に居るセンパイを見てるだけだが……なんとも言えない雰囲気。

 もしかして、そうやって体ごとこっちに向くために肉まんのくだりを始めたとか? そうだとしたら、かなり凄い。
 それが本当だったなら、そういう所はマジで尊敬できるし、そういう所から好きになれそうだなとは思う。
 けど……センパイか、先輩か……。

 うーーーーーーん。ぁそう言えばこのセンパイって身長も髪型もちょっと先輩に似てるかもしれん。などと薄くなりつつあった彼女の記憶を掘り起こしながら、目の前のセンパイをじぃぃぃぃっと見ていたあたしが、バカだったのかもしれない。
 急に前傾姿勢になった彼の右手があたしの左肩へ乗り、ぎゅっとそこを握ったかと思えば引っ張った。
 顔だけをセンパイに向けていたあたしはいきなりの事に抵抗もできずぐらりと上体を傾ける。結果、めでたく、キスされた。

 ってオイ! めでたくねぇよあたしのファーストキスだぞ!!
 こんな不本意な形で迎えるファーストキスがあるもんか!?

 なんて思ってる間にキスは終わっていて、離れていくセンパイの顔をじぃぃっと見る。てか、睨む。

 センパイはいい感じの雰囲気でキスできたとでも思っていたのか、満足そうに閉じてた目をあけたがすぐ睨むあたしに気付いてビクと体を揺らす。

「に、にらむなって……ごめん」
「YESともNOとも答えてないのにそーゆーことやっちゃう男は嫌われますよ」
「ご、ごめんって……武藤が見つめてくるからいいってサインかと思って」
「馬鹿じゃねぇの。ンな訳ないじゃん。もっとこうちゃんとした所でさぁ2人の同意の元さぁ、あるじゃん!?」
「えじゃあ2人きりのちゃんとした場所だったら、OKだったってこと?」
「なくはない人かなと思ってたんスけどね。もうその気は失せました。肉まんごちっした。じゃ」

 立ち上がるあたしを慌てて追いかけてきたセンパイは意外なくらいにしつこく付き纏ってきて、どっち方向に帰るのかも知らないけれど、随分とあたしの帰路をなぞっている。
 勝手にして悪かったと何度も何度も手を合わせて謝ってくる情けない姿には呆れ、怒りも解けてきた。
 ようやく、ずんずん歩いていた足を止めて、道の端で彼に向き合ったあたしは、もうキスの事はいいからさっさと自分の家へ帰ってくれと訴える。

「ほんとごめん。えと……」

 ここで告白の返事の催促してきたならマジでもう完全に無いな。
 そういう思念波が彼には伝わったのかもしれない。何かを言いかけたセンパイは一度口を噤んで、「送ろうか? 家まで……」と提案してきた。

「いらないっス」
「そか……じゃあ、……帰り、気を付けて」
「どーも」

 片手をあげて見送るセンパイに手も振らず、歩き出す。
 一応ギリギリ、馬鹿までは落ちなかった所は良かったと思う。……思う? ………………そう思ったってことは……あたしはセンパイと付き合いたいって心の底では思ってたってこと……なのか……?

 …………分からん。
 が、ファーストキスというのは意外と、あっさり終わるし、こんなもんなのか。って感じの体験だった。



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