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「あなたはどうしてこの結果を見てもまだ受験しようと思うの?」
模試結果のD判定を指差して、あたしの家庭教師は聞いてきた。
なんていうか、マジでこいつ……、と思う瞬間が結構ある人間が、引地望だった。
歯に衣着せぬどころではない物言いをする女をジトリと無言で見つめれば、首を傾げる彼女。
やっぱりコイツ自身は、まずい事を言ったな……などという反省は1つもしていないんだろう。いやそもそも反省どころか、何が悪いのか分かっていないのだから、反省もするはずがない。
「受験しよーとしちゃわりーのかよ」
「いいえ悪くないわ。どこを誰が受験しようがそれは勝手だもの」
不貞腐れたあたしに即答を返す引地は、「あなたのレベルならB判定とまでいかなくても、C判定くらいもらえる大学は他にもあると思うのだけれど、そっちに選択を変えない理由は何なのかと疑問に思ったの。勉強は嫌だ嫌いだと文句を言うし、それが嘘ではなさそうなのにきちんとうちへ来るし、私が出した課題もしてくるし。嫌で嫌いな勉強を続けられる根源は何なのか、気になるの」と、模試結果の用紙をこちらへ返しながら真っ直ぐに見てくる。
……絵を描く理由を尋ねた時と、同じ目を、あたしに向けてきた。
……あの人と、同じ眼を。
あたしはそれから目を逸らしながら、ぼそと教える。
「高卒の親見て育って大学へは元々行きたかったし、実家も出たいし……立ち止まって何もしなくて、可能性が消えるのが……勉強より嫌だから」
「……」
「……」
「……」
オイ! 黙んなよ!!
素直に教えたこっちが恥じーじゃんかよ!!
心の中で叫ぶも、それを口に出せる程、あたしはもう素直ではなくなった。
この家唯一のテーブルと言える広めの座卓に頬杖をついて、その木の模様を睨みつける。
なんで正直に教えちまったんだと後悔しまくっていると、引地は珍しく「んん……」と悩まし気に唸った。
鼻にかかったような悩まし気な声に一瞬心臓が跳ねるけれど、い、いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやと全力否定。
なんでコイツに。
だってあたしは先輩が……――
「あなたの好きな人が、うちの大学には在籍しているという事?」
茶を飲んでいたら吹き出しただろう。
飯を食っていたら噎せただろう。
歩いていたら躓いただろう。
そのくらい、引地は直球に、色々、聞いてくる。
思わず突っ伏したあたしの横で「……違ったかしら……」と本気で悩む声がこぼれてる。
……確かにコイツにしてみればスゲーがんばって”察した”のであり、それはめちゃめちゃがんばった努力の結果だ。
認めてやらないのは……かわいそすぎる。
だからあたしはまたぼそと言った。
「あってるよ」
突っ伏した顔を囲う腕の隙間から溜め息が漏れる。近くにあった模試結果用紙の端がピラピラとはためいて、部屋は静かになった。
「もっと詳しく聞かせて欲しいのだけれど、駄目かしら?」
「……んでそんな聞きたがんだよ……」
お前になんの得があるんだよ。
「興味があるから訊きたい、としか答えられないわ」
さいですか。
もう一度、腕の中で嘆息を吐いたあたしは、首を捩じって横を向き、片腕を枕にした。突っ伏した顔を引地へ向けたままの体勢で、なるべく彼女の眼を見ないようにしながら、喋る。
自分には仲が良かった先輩が居たこと。
先輩が卒業してから連絡がとれなかったこと。
その先輩を追いかける為に、今勉強を続けていること。
バスケ部でのいざこざや、狼さんの詳細は伏せたけれど、どういう経緯であたしがこの大学を選んでいるのか、勉強を続けられているのか。それは今の話で分かったはずだ。
「どうして連絡がとれなくなった先輩がその大学に居るって知っているの?」
「高校の先生から聞き出した」
「どこの学部かも教えてもらったの?」
「ああ」
「同じ学部へあなたは行くつもりなの?」
「一応」
「じゃあそこで会えたら、どうしたいの?」
「え?」
繰り出される質問に答えられずに、つい顔をあげた。
浮かせた視線の先には、まだ真っ直ぐにこちらを向く眼。
「合格した大学で、自ら連絡方法を絶った先輩に会って、あなたはどうしたいの? 何をしたいから、その人に会うの?」
……何をしたいから……、会う……?
ぼうっと引地の眼を見ながらあたしは脳みそで考えた。
何を……。
あたしは先輩に何をしたくて、……行くんだろう。
文句を言うのか?
卒業式の日撮り損ねた写真を撮るのか?
北添センパイの気持ちをチクるのか?
あんたを追ってきたって、言うのか?
狼さんみっけ、って、言うのか?
ストバスに、誘うのか?
告白……するのか……?
あたしは何で、先輩に、会いたいんだ……?
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