第5話 武藤と最高学年

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 4月から新学期が始まった。もちろん、部には新入生も入ってきて、広かった部室や体育館は狭く感じるようになった。
 春休みの2週間弱みっちりと体力づくりをした2年3年。先に50得点したチームが勝ちというルールで攻撃重視戦法を無理矢理取らせつつ全力試合をさせてみた。

 弱い。

 まだまだストバスメンバーには到底及ばないし、先輩と元部長がいてガンガン攻めるプレイが出来た頃と比べても弱い。
 でも、春休み前よりは使えるようになった。

 それは2年3年。自分達でも強くなったと自覚が芽生えたらしい。
 今更ながらに、体力づくりに特化した練習でよかったと認められたが、「お前2週間前練習メニュー改善求めて文句言いに来てたじゃん」とツッコめばぐぅと唸ったあとすみませんと謝られた。
 べつに謝ってほしかった訳じゃない。馬鹿を自覚して欲しいだけで、今後歯向かわないでくれるなら、面倒が減ってありがたいと思ったから過去を思い出させてやっただけ。

 文句が減った部内には満足だが、1年生の体力の無さにはまた辟易した。春休み中の練習メニューを1年にだけさせて、他の学年には別メニューを考えた。
 とりあえず、試合では攻撃しなければ得点にならない。守備力の弱いうちが対戦相手からのボールを全て奪えるとは思えない。
 なら、全力攻撃、ときどき守備でいい。
 やられる前にやれ戦法だ。

 とりあえずそういう意図があるからと説明して組んだメニューを提示すれば、また不満そうにする面子がチラホラいた。
 じぃと見つめていると、睨まれたとでも思ったのかすみませんと低い声。
 どうもあたしは目付きが悪いらしい。

 まぁそれもそのはず。
 だって最近、春休みの時にも増して、むかついてるから。

 何でムカツクって、いたるところにあるから、ムカツクのだ。

 3年の下駄箱。奇しくも先輩と同じクラスになってしまった。つまり、あの時北添センパイを殴った下駄箱を毎朝通るのだ。
 流石に「アンドウ」と「ムトウ」で出席番号は遠いから靴を入れる場所は違うけど……それでも先輩の出席番号を一瞬だけ視線で舐めるのはやめられない日課だった。
 クラスへ行けば思い出なんてそこにはないけれど、廊下を歩けばたくさんある。
 廊下、保健室、職員室、移動教室で使う別の教室。校庭、校門。体育館。部室。
 そこかしこに、先輩の姿を思い出す。

 どうして思い出すか、って。……あの人が在学していた頃、見掛ければあたしから話かけていたからだった。

 後輩が部の先輩に挨拶を必ずするとかいう決まりじゃなくて。
 単純に、あたしが、話し掛けたかったから、近付いて声を掛けていた。

 大抵あの人は一人で行動することが多くて、真顔で歩いてた。まぁ、普通一人きりでニッコニコで歩いてる奴なんかいない。だから真顔でおかしくはないんだけど、でも、あの人はその横顔がカッコ良かった。すらっと高い身長だし、猫背でもないし、ガニ股で闊歩してもいない。
 そんな人に声を掛ければ、真顔はちょっと緩んで、こっちを向いてくれる。ふざけたことを言えば、呆れるようにでも笑ってくれる。

「……」

 廊下、保健室、職員室、移動教室で使う別の教室。校庭、校門。体育館。部室。
 そこかしこに、先輩の思い出がいて、思い出す度、頭を過るエラーメール。

 もういない。
 切られたし追う手段もない。
 やめろやめろ。もう別次元の人なんだよ。

 どうしようもなく思い出す自分に、あたしはどうしようもなくムカついた。

 だってこんなにもどうしようもない状況なのに。
 なんで気持ちがコントロールできないんだ。

 ムカツク。むかつく。
 ああもう、すっっっっっげぇ、ムカツク。



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