第3話 武藤とバスケ仲間

===============


 高2の最後。春休み前。どうせ大した授業もない。
 あたしはぶらっと出掛けた。

 行先は決めてない。でも行かない場所は、学校。
 だって今日はまだ春休み前。きっと皆ソワソワしながら身の入らない授業を意味もなく受けてんだ。
 ンなだりーことするかよ。
 担任には親っぽく裏声使って欠席の電話を入れておいた。お大事にと丁寧に返されてつい、あんた担任持ってるあたしの声も覚えてないのかよとツッコミたくなったけれども、バレるのも嫌だし、騙される馬鹿でありがとうと心の中で合掌しておいた。

 親は朝7時半には仕事へ向かうから、あたしは家でゆっくり朝飯を食って、それから私服で出てきた。
 もし帰りが親より遅くなったとしても、一度帰ってきて着替えて出掛けたんだと言えば納得するだろうし、特にその辺りを目敏く見つけて問うてくる親でもない。

 ぶらぶら歩き、結局金もそこまでないもんだから、その辺のコンビニで買った昼飯を持って、ストバスのコートへ向かった。
 多分誰もいねぇだろうナー。
 こんな真昼間から居たら社会人としてどーなんだって思うしな。

 誰もいなくても、ボールの一つでも転がってんだろ。そしたら一人でやっててもいいし。

 ぼやっとした思考でそんな事を考えながら辿り着いたコートでは、ダムダムと音が鳴っていて。
 お? と期待で眉が持ち上がるあたしが到着すると、フェンスの中には意外にもいつもの面子が何人かいた。

「なに昼間っからやってんスか」

 網越しに声を掛ければ、こっちに向く3つの視線。

「よう」
「おー。武藤じゃん」
「あそっか学生はもう春休みか~」
「まだっス。ズル休みしたんス」

 ハハハと笑ってくれる悪友が心地良い。
 なんとなく、心がほっとして笑うと、そこに居た3人はフェンスの入口へ近付いてきてあたしを中へ引っ張り込みざま、手からコンビニ袋を奪った。
 俺達への差し入れか? とニヤつきながら袋の中を覗く奴らに自分の昼飯だ返せと言えば、意外にもアッサリ返却されたそれ。

「学生はやっぱシケてんなぁ」
「おれも腹へったからちょコンビニ行ってくるわ」
「え、私のも買ってきて」
「俺のも」
「うざ。自分で行けよ」
「うるせー行ってこい。ハイなんかパスタ系」
「ハイ焼きそばパンと他もいくつか何か」

 二人からそれぞれ千円札を押しつけられた奴はうざいうざいと言いながらも結局は小走りでコンビニに向かった。結構、パシられ慣れてるのかもしれない。

「帰ってくるまでやろうぜ」

 誘われて投げ渡されたボールのざらついた感触。ベンチにコンビニ袋を投げ置いてから、しまったサンドイッチが潰れたと思うがもう遅い。しゃーなしと諦めて、あたしはコートに向かった。

 それから買い出し担当がわっさわっさと袋を抱えて帰ってきたので一旦バスケは中止。
 軽くアップ程度にしかならなかったけど、やっぱりここでやるバスケは面白い。

「これがパスタ系で、飲みもんジンジャーな。んーでこれはお前のコーヒーの微糖と焼きそばパンとカップ焼きそばとオムそばな」
「オイ俺の焼きそばばっかじゃねぇか!!」
「なんでもいいって言うからだろわざわざお湯入れて作ってきてやったんだから文句言うな!」
「うるっせお前のとどれか交換しろ馬鹿!」

 それぞれのドリンクの好みはばっちり把握している辺りすげーなぁと思うが、そこだけで終わらないのがこいつの面白い所だ。
 結局オムそばは塩にぎりと交換されていたが、きっとそれを見越してだろう。いろんなものを買ってきていた。

「ん。コレは武藤の」
「えあたし金出してねーし」
「皆のおつりで買ったやつだから遠慮すんな」

 オイ! と2人から突っ込まれているが、まぁビッグサイズのポテチだから、最後に広げて皆で食えばいいかともらっておいた。

「あざすー」
「アー腹へった食お」

 あたしを含め女二人にベンチを譲り、男二人が地べたへ座り込んで食べ始めた。が、「鼻の穴見上げられながらご飯食べるのイヤ」と隣が地べたに座ったので、あたしも同じく地べたに座る。
 誰もお前の鼻毛に注目して飯食ってねぇよ俺らのダンディズム気遣い無駄にしやがってと文句を言う男二人を鼻で笑って、彼女はこちらを見遣ってきた。

「部長になれた?」

 そういえば、ここではバスケ部の部長になれそう、なんて話もしていたか。
 サンドイッチを飲み込んで頷けば、よっぶちょー! と声援。

「安藤はなんか言ってたか?」
「なんも」
「なんも!? エールなしかよ」

 ひっでぇ奴だなと苦笑する彼の目から逃げて、あたしは「……連絡とれなくなったんで」と白状した。
 自分でも意外なくらいにアッサリ告げたし、凹みきった声音。それにはびっくりしたけれど、今の報告でこの3人にはそれ以上の驚きをプレゼントしてしまったらしい。

 皆一様に食事の手を止めてしまっていた。

 誰も話し出さないので驚かせた責任と手前もあり、あたしがどういう経緯で連絡がとれなくなったのか説明して聞かせると、唸った彼らからは「……色々あったから気持ちは分からんでもないがなにもお前ごと切らなくてもいいのになぁ」と率直な感想があがる。

 やっぱり。そうなんだよな。
 あたしも、切られた、って事なんだよな。
 昨日、メールはエラーで返ってきたし、電話も試してみたけど、使われてない番号ってアナウンスが知らせてきた。
 だからやっぱり……こいつが言うよう切られたって事、なんだよな……。

 じわじわと腹の底から浸蝕されてくるように、胃が重い。

「家直接行ってみるとかは……!?」
「場所知らないっス」
「あー……あ! 学校の先生に訊いてみるとか!」
「いやそこまで……」

 難色を示すあたしに3人は色々な方法を提案してくれた。
 が、どれも頷く気にはなれなくて首を横ばかりに振っていると、ふと疑問が湧く。

「なんでそんな皆一生懸命に先輩と会わせたがるんスか?」

 もう切られたんだからどうしようもないと諦めるではなくて、考えに考え、飯もそっちのけに会う方法を編み出そうとしてくれる。
 まぁ……あたしだって会いたくない訳じゃないけど、切られた身で会いに行く……という決心もなかなかつかない。

 なのに皆はどうしてそんなに?

 疑問をぶつければ、3人はきょろきょろと目を見合わせてから頷きあっている。
 だって……なあ?
 うん。なあ?
 そうよ。ねぇ?
 そんな感じのやりとりを無言でして、パシられた男が代表して、あたしの疑問の答えを述べた。

「だってお前、学校休むくらいショック受けてるし、やっぱ安藤のこと好きなんだろう?」

 え……?


===============

コメント

error: Content is protected !!