言い切った彼女は、突然、溜め息を吐いた。
それはどうにも、諦めと呆れと、ほんのりと不機嫌を含んでいるように聞こえて、アタシは妙に思う。
なにをそんなに、さっきからこの子は怒っているのだろうか?
「さすがに患者に手を出すのはどうかと思って我慢してたけど台無し」
口調が。
声質が。
雰囲気が。
ガラリと変わった。
「井出野怜さん、わたしと付き合いましょう?」
まるで決定事項のようにさらりと交際を提案する彼女。
その豹変ぶりには驚きを隠せないが、依然変わらないのは、その鋭い眼光。
それでアタシを射貫きながら、彼女は携帯灰皿をアタシの手に握らせた。
「付き合う相手には、早死しないでほしいの」
だから。
と彼女はアタシの傍で囁いた。
「吸わないで」
最後に見たのは、鋭い眼光を放つ瞳を、瞼が覆い隠す瞬間。
その後は柔らかな唇を重ねられ、咄嗟に条件反射が働いて目を閉じてしまった。
うるさいくらいに、心臓が耳元で鳴っている。
――なに。この状況。
アタシはそうとだけ、心の中で、呟けた。
次に気付いたのは、ナースシューズがパタパタと鳴る音。
ハッとして目を開ければ、彼女は踊り場から残り半分の階段を下り、ドアノブに手をかけていた。
「次の検温まで、おあずけです」
こちらを見上げ、にっこり笑い、看護師の声に戻った彼女が、手を振る。
その手が振っているのは、アタシの胸ポケットにあったはずの煙草の箱。
バタンと閉じた扉の向こうへ彼女の姿が消えると、アタシは片手で顔を覆った。
してやられた。このアタシが。完璧に。
キスでは完全にマグロ状態。
終いには、気付かない間に煙草を掏り取られた。
「………………ふっ」
何も知らない赤の他人が今のアタシをみたら気持ち悪いだろうけれど、つい、笑いが零れた。
そのくらいに、面白い。
骨折から、こんなつながりが生まれるだなんて。
「世の中分からないものね」
アタシが一瞬にして、先手を打たれるなんて。
やられっぱなしは、性に合わない。
あの子にはきっちり、返礼しないと、ね?
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