【遥怜シリーズ】怪我から生まれたつながり 2



 松葉杖をつき、エレベータに乗り、最上階へ。
 屋上まで直通のエレベータは存在しないので、最上階からは外階段で一階分、登らなければならない。

 ギプスをしたまま階段をのぼることが、こんなに辛いだなんて、アタシは初めて知った。

 本当は、喫煙所のようになっている屋上まで行きたいのだけれど、そこへ行くには、ギプスのアタシには少し辛いものがある。
 動かぬ片脚を抱え、階段途中の踊り場まで来るだけで少し汗ばんだくらいには重労働。

 パジャマの胸ポケットに入れていた煙草とライターと携帯灰皿を取り出して、アタシは壁に寄りかかって体を支えた。こうして背を預けておけば、松葉杖に頼らなくとも、片脚でなんとか立っていられる。
 空いた両手で煙草に火をつけ、久しぶりのニコチンを肺いっぱいに吸い込んだ。

 ここに入院するのに困る点といったら、これが一番かもしれない。
 好きな時に、部屋で煙草が吸えない。アタシみたいなヘビースモーカーには、この制限はひどく辛い。

 思い切り吸い込んだそれを、長く深く、吐き出す。
 こんなふうに荒っぽく吸えば、1本などすぐに終わってしまうのに、久々のニコチンが美味くて体が喜んでいて、止められない。
 まるで温泉に浸かったときのような感覚だ、などと思いつつ、アタシはまた、深く息を吸い込んだ。

「……」

 呼吸を繰り返せば繰り返すほど、思考が、とろけてゆくようだった。

「……」

 アタシにとって、紫煙を吐き出すこの数分は頭の中を空っぽにする時間。

 なにも見なくて済む。
 なにも考えなくて済む。

 いつから煙草の時間がそうなったのかは覚えていないけれど、そうする事がアタシには必要なんだと思う。

 この世の中、必要のないものは無い。
 それが必要だから、それは存在するのだ。

「……」

 哲学じみた考えが頭を流れ始めた。
 と、いうことは、いつの間にか煙草の時間が終わっているということだ。

 唇へ近付く煙草の熱を感じ、閉じていた目を開ければ踊り場から数段上の階段に白衣の裾が見えた。
 横目で探れば、それはあの子の白衣。

「……」

 たぶん、あの子は、アタシに気がある。
 だから、アタシが迫れば落ちる。
 それは経験からくる予想だけれど、そういう予想はあまり外れはしない。

「……」

 アタシはもう1本取り出して、火をつけた。



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