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鑑定もしていない物品を素手で触れるには勇気が必要過ぎる。
わたし達は二人共受け取りはせず腕輪の正体を尋ねた。
「こちらの腕輪とこやつらは奴隷印で結ばれているのですよ」
――腕輪と亜人が……?
聞いたこともない。
装備品と生き物を繋ぐだなんて。
更なる説明を彼に求めれば、意外にも詳しく教えてくれた。
もしかすると案外お喋り好きなのかもしれない。
彼曰く、正確に言えば腕輪に嵌め込まれている魔石と奴隷印は捺されているそうだ。しかも、魔石は交換可能というチート具合。
「じゃあ、魔石をきちんと嵌めたうえでこの腕輪を装備した人物の言うなりってこと?」
「ええ」
「抵抗すればこの魔石にナイフか何かで傷を付ければ、あの子達も痛がるの?」
「ええ、ええ」
「果てに魔石が壊れた場合は、辛うじて生きていられるレベルの怪我を負わせられるから、逃走の心配もない、と?」
「ええその通りでございます」
ご理解頂けてなによりです、と彼は恭しく頭を下げた。
その後頭部をわたし達は見下ろしたけれど、下げた面がどんな表情を浮かべているのか、想像もしたくない。
胸糞悪い、と、わたしのかつてのパーティリーダーなら吐き捨てるところだろう。
「分かったわ」
眉間に皺を寄せているわたしを、遥さんが呼んだ。
「選んで?」
「もう一人の亜人の子で」
「おっけ」
このやり取りが必要あったのだろうか。いや、きっと必要なかった。
なにせ先程は亜人二人を借りる体で話を進めていたし、選出は消去法で亜人と決まっている。
見上げるほどの巨体のモンスターを連れ歩くには少々面倒がついてまわる。
壺は自力歩行ができるのかも怪しい。あんな荷物を抱えて森を歩くには負担が大き過ぎだ。
よって、選出するならば亜人ともともと決まっていたようなものだし、2人借りねばならないなら、それはもう一人の亜人が選ばれる。
「ありがとうございます。では、魔石は交換なさいますか?」
「……費用は?」
「お一人様金貨5枚を頂きます」
「ねぇ! ほんとに足元見過ぎじゃない!? どうせ借りてる間に魔石壊してあの子が血だらけになったら治療費やら魔石代やら必要だって言うつもりでしょう?」
遥さんの問い掛けに、彼はひっひと笑うだけだった。
「……武器も買い替えようと思ってたのにー……」
遥さんは渋りつつも、代金を支払った。わたしも倣えば、それぞれ亜人はあれで良いかと尋ねられる。
「今ならば交換もできますが」
「結構よ」
あの子がいい。と遥さんは手入れもされず散らばっている長い黒髪の亜人を指差した。
彼女がドーベルマン種と言っていた通り、黒い外向きの犬耳がピンと立っている。
「お察しの通り、あれはドーベルマン種の亜人。古来通りに断耳を施してあります。尾は、残してありますがね」
「どうして?」
元々ドーベルマンは耳が垂れている犬種だ。が、まだ子犬の頃に余分な耳をカットし耳立てを施す。同じように尾もカットする習わしがあるらしいけれど……どうしてあの亜人の尾は長く残っているのだろうか?
「犬も亜人も尾は弱点。短いよりも引っ張りやすいですからねぇ」
なんのことはない。当たり前だ。そう云わんばかりに彼は新たな魔石の準備をしながら片手間に答えた。
理由を尋ねた遥さんの顔が一瞬引き攣ったのを、彼は、見逃してしまったらしい。
「もう片方は見たところゴールデンレトリーバーですが、どうも耳の具合から混血種かと推測します。生憎と何の血と混ざっているかは本人も知らないようで不明なままですが。まぁ性能は十分ですからご安心を。こちらは森を2度、踏破しておりますから」
なるほど確かに。
わたしが借り受ける方の亜人は、犬耳が微妙な具合で折れている。半立ち耳とでも言おうか。先端がちょこっとだけお辞儀をしているような耳は毛がふさふさしていた。
「魔石を取り外した瞬間、こやつらは暴れますがご安心を。檻を破られる心配はございません」
わたしが半立ち耳に気を取られている間に、彼は腕輪から壊れかけの魔石を取り除いた。
亜人達に変化はない。
どうやら、破壊してしまわない限り魔石は亜人に危害を加えないらしい。
しげしげと腕輪と魔石を観察していた時だった。
けたたましい音を立てながら、亜人の片方が暴れ始めた。檻に体当たりをしたり、鉄格子へ拳をぶつけてみたり。亜人といえば、人間以上の身体能力を有する個体だからあの檻は相当頑丈なものなのだろう。
「すみませんね、騒がしくて」
さして悪いとも思ってなさそうに彼は謝り、着々と魔石の交換を進めた。
手順は簡単なもので魔石を支える4つの爪を専用器具で広げ、魔石を新しいものと交換し、爪を締め直す。万が一外れることのないよう、グ、グ、と器具で締め付けた瞬間、暴れていた半立ち耳の亜人は心臓辺りを手で鷲掴みにしながら大人しくなった。
どのタイミングで、亜人の支配権が古い魔石から新しい魔石へ移ったのか見破れなかった。
一体どういう仕組みなのか……。
わたしは目を眇めてもうひとつの腕輪の魔石交換を見守ったけれど、答えを知ることは叶わず終わった。
「これで思う存分やってしまえますよ」
ぽんと腕輪を打った彼だったが、その言葉が、気安さが、わたしには気味悪く感じられて仕方がない。
「おいくらかしら?」
「お一人様、金貨15枚でございます」
「ちょっとはまけてよ。ねぇ?」
「まったくです」
本気で値切ろうという気持ちは、遥さんから窺えなかった。だからわたしは相槌を軽く打つだけに留めて代金を支払い、腕輪を受け取る。
「詳細はこちらに」
手渡された封筒には諸注意が諸々と書き込まれているのだろう。
中には羊皮紙の厚みを感じた。
「踏破をお祈り申し上げておりますよ。今後ともご贔屓に、お嬢様方」
ふたつの檻の鍵を外した彼は恭しく頭を下げた。
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