ファンタジーパロディ 1話 (3)

===============

 遥さんが金貨を渡したのは、結果から言えば、正解だった。
 なにせこの広々とした部屋の更に奥へ、もう一つ、部屋があったのだから。

 こちらの部屋はさして広くはなかった。
 表の商品ひとつ陳列されていない店内程の広さ。並ぶ檻は、5つのみ。

 その檻のなかで4つには、中身があった。

 ひとつめの檻は、わたしと遥さんの身長を足してもまだ足りないほどの巨体のモンスター。

 ふたつめの檻は、二つの取っ手が左右にある壺。

 みっつめと、よっつめの檻は、人間の体躯に獣の耳と尾をくっつけた……所謂、亜人。

 これらの”商品”で構成された陳列棚ならぬ陳列部屋は、やはり酷い臭いだった。
 唯一、きっと排泄をしないタイプのモンスターなのだろう。壺が収容されている檻だけは、床も鉄格子も汚れがない。
 だがあとの3つは、酷いものだ。

「……」

 絶句に近いものを味わうわたしを他所に、遥さんは4つの檻の中身に淡々と品定めの視線を送る。
 見上げる程に巨大なモンスターから、屈み込まねば視線の高さも合わない壺まで。
 じろじろ。ジロジロ。

 檻の前を行ったり来たりしながら、しばらく、眺めた。

「いかがです?」

 尋ねられてもしばらく眺めた末、口を開いた遥さんは彼を見遣る。

「買い取り?」
「いえいえとんでもございません。レンタルでございます。我々も生活がありますからねぇ」
「ふぅん? でも、だったら。尚更言うこと聞くかしら?」

 ワガママだと困るんだけど。と遥さんは言うけれど、これらの上級モンスターや亜人が反抗や抵抗をした場合、こちらも本気で応戦しなければならないし、レンタルの場合欠損などをさせるワケにはいかないから苦戦するだろう。
 五体満足な状態で相手の動きを封じ返還だなんて、流石に易いものではない。

「その点はご安心を。奴隷印が捺してありますから」
「……奴隷印?」

 遥さんの反応が一拍遅れたのも当然だ。
 この場にいるモンスターや亜人にそれが捺されている事自体が違法なのだから。

 奴隷印を分かり易く言うならば、絶対的な強制力を持った刺青だ。
 その印は奴隷と主人を血と魔力と気力を以てして繋ぐ。この繋がりに奴隷は逆らう事が出来ないし、もし主からの命令に逆らおうとすれば、印が死の痛みを注ぐ。

 奴隷は痛みを堪えきれず従うしか、行動を許されない。
 この奴隷印の強制力は、魔族契約に近いこともあって、奴隷印の刻印には魔族が関わっていると噂さえもある。

 噂。
 そう、噂でしかないのだ。

 誰がどうやって奴隷印を刻印しているのかは、明らかにされていない。
 王国政府が意図的に伏せているのだという噂もあるが……やはり噂にしか過ぎず、我々冒険者は稀に目にする奴隷印をもつ奴隷に好奇の視線を送るだけだった。

「あなた、魔族?」
「いえまさか」
「よねぇ。なのに奴隷印が?」

 遥さんが興味津々に尋ねるけれど、彼はひっひと笑って、質問には答えてくれなかった。
 彼はどこからどうみても人間だし、魔族と繋がりが持てるほどの気力を保持している様子も窺えない。

 なのに奴隷印をモンスターに……?

 疑問は残るばかりだが、その解答は得られそうにない。
 わたしと遥さんは目を見合わせると首を横に振る。ここは聞かなかったことにして、この中から1体を借り受けることにしよう。

「どれになさいますか?」
「この子にするわ」

 遥さんはみっつめの檻の前へ立った。
 中には亜人。汚れきった服とも言えない布を体に巻き付けている。その体はみたところ、女体。

「ピンと立ってる耳がドーベルマン種っぽいもの。鼻はききそうね」
「一度は狂わせの森を踏破しておりますから、お墨付きですよ」
「あら素敵。じゃあ尚更この子にするわ」

 嬉しそうにパンと両手をあわせた遥さん。
 あの森を踏破した亜人ならば、実力的には十分だろう。あとはこちらの言うことをきちんと聞いて動いてくれるかどうかだが、奴隷印があるならその心配もいら、な……い……ぇ何?

 わたしは注がれる彼からの視線にきょとんと瞬きをした。
 だって、彼は遥さんではなく、こちらを見ている。
 わたしからの何かを待っているような素振り……意味を解りかねて、「何か?」と問うてみた。

「そちらのお嬢様はどれになさいますか?」
「ぇ」
「待ってまって。わたしと彼女はパーティよ。借りるのはこの子一人で十分だわ」
「いえいえいえいえいえ」

 大仰に、彼は首を振った。
 まるで首のストレッチかというくらに左へ右へ左へ右へ。ウルサイくらいに振られる頭。

「狂わせの森はパーティを分断することに長けております故、お一人一匹お連れ下さい」

 ……彼は、親切で言っているのではない。

「ねーぇ。ちょっとそれは足元見過ぎじゃない? こっちも森へ入る前でそこまで懐事情はよろしくないのよ? ポーションとか装備とか、色々取り揃えて行かなきゃならないし」

 遥さんの反論の通りだ。

 が。
 彼はわたし達に一人を貸し出すのではなく、二人貸し出したいのだ。

 一パーティにつき一人よりは、各一人貸し出したほうが、そりゃあ儲けが良いだろう。

 あからさまな商魂を、流石の遥さんも指摘した。が、彼はひっひと下衆に笑い、

「ですから、こちらもギリギリを見込んでいるのですよ。お嬢様方の安全の為にねぇ……ひっひ」

 取ってつけたような「お嬢様方の安全の為」だ。
 絶対、儲け重視でしょ。

 ――どうしますか……?

 視線で問い掛けてみると遥さんは軽く唸った。
 長く息を吐きながら腕を組み、チラと背後の檻二つを見遣って視線を戻してくる。

「安全の為って言ってくれるけれど、亜人二人がきちんと言う事を聞いてくれるのかしら? どちらか片方が暴れて、それをきっかけに脱走……となるともちろん弁償金ものでしょう?」
「商品をなくしてもらっちゃあ当然そうなりますが、奴隷印がありますからご心配には及びません」
「わたし達それぞれと印を結ぶの?」
「いえいえこちらです」

 彼が差し出してきたのは、革製の腕輪だった。ちょこんとひとつ、魔石が組み込まれているけれど……随分と色がくすんでいるし、ヒビ割れもある。

「なに? これ」



===============

コメント

error: Content is protected !!