ファンタジーパロディ 1話 (2)

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 うす暗い建物の奥から、蝋燭を1本だけ立てた燭台片手に、おじさんがやってきた。

 元々この建物は、何を専門に扱っていたのかは不明だが、商品棚がたくさんある。
 入口の扉を開けた瞬間から商品棚は目に入る位置に設けてあるのだから……日用品屋、薬屋……もしくは魔術具屋だったのかもしれない。

 が、店を見渡せど、商品棚にはモノがない。
 棚も、テーブルも、空っぽだ。それだけでなく埃すら被っている。

「ええ。ごめんなさい店内で」
「いえいえお怪我がないなら、ようございました。して、本日はどういったご用件で?」

 燭台をカウンターへ置き、彼は両手をそこに着いた。
 ”いらっしゃいませ”
 まるでそう言っているかのようだ。

 店内には、商品は何一つ見当たらないのに。

「わたし達、この街から東へ向かった先の森に用があるの」
「随分と物騒な場所へご用向きですねぇ」
「そうでしょう? 女二人っていうのも不安で、協力者を探してるんだけど、アテはないかしら?」
「アテですかい。夜までサポート付きの屈強な男をお探しで?」

 ひっひと下衆な笑顔とジョークを交えた彼に、遥さんがにっこりと愛想を振りまいた。
 そしてそのままカウンターに近付くと、蝋燭の炎を指先で摘まむ。

 シュ。と蒸発のような音が立ったので彼女は指の先端だけに冷気を纏っていたのだろう。火傷の心配はいりそうにない。

「素敵な殿方も捨てがたいけれど、わたし達が欲しいのは、道案内」

 暗い部屋で遥さんの声音がひとつ下がった。

「狂わせの森を、きちんと奥まで案内できる人物。用意できるかしら?」
「ひっひ。人物ねぇ。ひっひっひ」

 彼はやけに楽しそうな笑いを立てたかと思えば、燭台を置いた場所とは逆に手を伸ばした。
 皺やシミの多い手がカウンターの一角を掴んだかと思えば、板一枚が浮く。どうやら、跳ね上げ式のカウンターだったらしい。

「どうぞ。お嬢様方。奥にはいいモノが揃っておりますよ」

 ひっひ。
 不気味な笑いと共に、彼は店の奥へと歩く。いつの間に火を灯し直したのか、握る燭台の蝋燭の先端は燃えていた。

「行きましょ」

 跳ね上げて作ってくれた通路を通り、わたし達はカウンターの内側へ。そしてそこから、店の奥へと足を踏み入れた。

 鉄製のドアを開けた傍で先程の彼は待っている。
 わたし達二人を招いたあとすぐに扉は閉じられ、ゴゥンと重い音を立てた。

 暗い。
 どうやら建物は奥へ縦長な造りだったようだ。扉を閉めた時の音の反響から推測しても、表の店内の3倍は広さがあろう。

 そんな広々とした部屋のはずだけど、灯りは彼が持つ燭台ひとつだけ。
 照明魔法でも焚いてやろうかと思いつつ、目を闇に慣らしている最中だった。

「さぁさ。よぅく見てやってくださいよ」

 愉し気に彼は言いながら、扉の脇へあった備え付けの燭台の蝋燭に炎を移す。と、次の瞬間には部屋中の蝋燭全てに灯りが点り、立ち並ぶ物が鋼鉄製の檻ではなく美術品や可憐な花々であったならどれほど感動的で美しかっただろうと、場違いな惜しさを胸に抱く光景だった。

 数多の唸り声の中数歩進めば、鼻をつく臭い。
 下水道のモンスター退治を請け負った時以来だ。こんなにも酷い臭いを嗅ぐのは。

 きっとここの管理者は、彼一人なのだろう。
 1つ1つの檻の中で清潔が保たれているはずもなく、汚物や怪我から流れ出た血液で目を背けたくなる光景ばかりだ。

「あらまぁこんなに。でもわたし達はただの道案内が欲しい訳じゃあないの」
「といいますと?」
「あんまり焦らされるのは好きじゃないの。はやくイカせて?」

 遥さんの交渉術は素直に尊敬できる。が、時折、こういった下衆相手に同じレベルまで下がって交渉することがあって、そこだけは受け入れ難い。
 ひっひと嬉し気に笑う彼にバレないよう半眼で遥さんを睨めば、知らんぷりを決め込まれた。
 もしも台詞をあてがうとするならば、”だってしょーがないでしょ~”といったところだろう。

 密かに嘆息を吐いてわたしは檻を見渡す。
 中に入れられているのは犬や猫や鳥。そして下級モンスターだ。これらは人間の言葉を理解する節があるけれど、こられが人語を喋ることは決してない。

 だが、一部の中級や、上級、亜種ともなれば話は違う。
 不明瞭ではありながらも人語を操り、意思疎通を図ってくるモンスターもいる。

 そして……人間を巧みに騙し、食らうモンスターさえ、存在するのだ。

 わたし達が行かんとする狂わせの森。
 そこは視覚がまるでアテにならない場所だそうだ。
 木が目の前へあるから避ければ、なにもない空間なのに何かにぶつかる。触ってみればそれは木。何もない空間に、木の形だけがあって通行を邪魔しているのだ。見えないくせに。

 障害は木だけではない。草も、穴も、毒沼も、湖も、泥濘も。なにもない場所に何かがある。
 
 それを突破する為には、嗅覚が発達した道案内が必要なのだ。
 家畜や下級モンスターではなくて、わたし達と意思疎通が可能な道案内でなくてはならない。

 だから、それらが居るもっと奥へ案内して、と遥さんはリップサービスも振舞って頼んでいるのだ。

 が。

「案内料がかかりますが?」

 遥さんと、わたしと。それぞれへ視線が寄越された。
 平たく言うなら、チップを寄越せ、だ。

 ――ここで銅貨なんて出してヘソを曲げられても困るし。

 わたしは銀貨を指で弾いて投げ渡す。
 なんとも俊敏な動きで、彼はそれを受け止めたけれど。

「はーい」

 にこにこしながら遥さんが彼へ手渡したのは、金貨。

「おやぁ……?」

 奮発しすぎ!
 こんな男に!

 胸中にて憤慨するも、遥さんは「ちゃんと目的のモノまで、案内してね」とウィンクすら送っている。
 金貨が功を奏したのか。それとも、ウィンクか。

「こちらへ」

 ひっひと笑った彼は、燭台片手に更に奥へと進んだ。



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