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古い店の前で、わたし達は立ち止まり、見上げた。
「ここかしら」
「……みたいですね」
わたしは小さく頷きながらも視線を走らせる。
左に二人。右には三人。それぞれが別パーティのようだが顔見知りらしき目配せをしている。いざとなれば彼、彼女らは結託を図りわたしとわたしの隣にいる人を襲うだろう。
だというのに、隣にいる人――水守遥――は「そんなに力む必要ないわよ」とこちらへ笑顔を送ってくる。
この人はいつもそうだ。飄々としていると表するよりは……なんだろうか、常に状況を面白がっている……? まぁ計5人合わせても、わたしと遥さんにかかればものの3秒で片がつく実力差を理解しているからだと思うけど……それでも、油断は禁物という諺を忘れてはならないと思う。
「あの子達はきっとココに雇われてるだーけ。だからわたし達が下手なことしなければ襲ってきやしないわよ」
ねー? などと言いながら遥さんはこともあろうか、手を振った。
ココと指し示した建物の入り口から数メートル離れた場所にたむろしている二組のパーティに。
慌ててその無駄に愛想の良い手を掴んで止めさせたが、二組のパーティの面々からは不審かつ不信の眼差しがこちらへ注がれている。
まぁ、知り合いでもない冒険者から手を振られたら、そういう反応は当然だ。
「もう! 目立つことしないでください……!」
「あん。引っ張らないの。せっかちねぇ相変わらず」
そちらは相変わらずお調子者ですねと半眼を向けてからわたしは建物のドアを押し開いた。
キイィィィとなにか悲鳴じみた音を蝶番が立てる扉を通過しながら、「もうちょっと真紀ちゃんを見習ったらいいのに。彼女ならこんな場所もたくあん片手に来るわよ?」だなんて遥さんが軽口を叩く。
――その通りの行動しそうだからなぁあの人……。
もしもそんな真紀と遥さんがパーティを組んだなら、どんな雰囲気が出来上がってしまうのか。想像しただけで頭痛がする。この二人が揃った場所では優秀なツッコミ役が必要不可欠になるので、力不足なわたしではどっと疲れるだけなのが目に見えている。
しかしわたしをせっかちと言うけれど、わたし達には急ぐ必要がある。それをパーティリーダーの遥さんだって承知しているだろうに……まったく……。
わたしは改めて遥さんがついてきているのを確認して手を離した。
いざとなれば急な戦闘だって始まりかねないのだ。両の手は空にしておいた方がいい。
腹の底へ吸い込んだ空気を貯めて、自分の気力と大気中の魔力を混ぜておく。これで魔法発動までに1秒はカットできるのだ。
だからわたしは”この後危ないかも”と察した時には必ずこの下準備をしておく。
が。
「あらっ」
背後を歩いていた遥さんがそう言ったかと思えば、どんとぶつかってきた。
わたしの背にばふんを覆い被さる形で抱き着くみたいにひっついた彼女が、「ごめぇん。躓いちゃった」と謝りつつ、お腹へ両手を回してくる。
――遥さんがこんな何もない場所で転ぶ……?
合気も修めている彼女が足の運びを誤るなどあるかしらと疑問が頭の中を通過した瞬間だった。
わたしのお腹に回された両手がガッチリ組まれ、胴及び鳩尾部をロック。加えて、わたしより上背のある彼女がおぶさるよう圧し掛かってくるのでわたしは自身の意図と関係なく上体が前屈みに。
「力むなって言ってるでしょ準備しないの。バレるわよ」
背後から耳へ囁かれた忠告の後、腹部へ衝撃。
ハイムリック法を応用した圧迫術だ。おかげで、せっかく練っていた魔法発動下準備がパァになった。
肺の中身全てを強制的に排出させられたわたしは二、三、咳き込んだが、既に離れた遥さんが「ぶつかってごめんねぇ、大丈夫?」と心配そうに声を掛けてくる。
――……この人は……。
いつもにこにこしているくせに平気でこういう荒事をやってのける。
まったく……。わたしに魔法発動下準備を解除させたいならそう言ってくれたらいいのに。
わざわざ小芝居なんかしなくても。
内心ぶつくさと文句を垂れながら、わたしは「大丈夫です」と彼女に笑顔を向けた。
「そう?」
にこりとした遥さんが言い終わるか終わらないうちだった。
「大丈夫ですかい? お嬢様方」
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