020  五月雨

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 しとしと、と続く雨音を聞きつつ、ベランダへ続く戸の前で、立ったまま空から注ぐ細い数多の線を眺めつつ、私は手にしたコーヒーをひとくち飲んだ。

 梅雨へ入り、雨が増えた。
 洗濯物は乾かないし、溜まるし、ジメジメするし、暑いし、いいことない。

 あと、月見酒できないのも、やだ。
 早く夏になればいいのに。

 なんて不満を心の中で並べていると、隣の家のベランダとの仕切りの壁の穴を通って、愛羽さんが姿を見せる。
 が、まさか戸のすぐそこに立っているだなんて思っていなかったようで、私を見つけた瞬間ビクッと驚いていた。

 私は可愛い姿を笑いながら片手で戸を開いて彼女を招く。

「そんな所に立ってるなんて思わないじゃない」

 笑われたのが恥ずかしいのか、少し唇を尖らせつつ部屋へ入ってきた愛羽さんが可愛くて、更に目尻をさげていると、ここで何してるの? と問われた。

 なにしてる、というのも特にないんだけど……。

「雨を見てました」

 楽しくて見てる訳じゃなくて、不満たらたらでだけども。
 私の返答に軽く目を丸くした愛羽さんは、それからふっと笑う。

「雀ちゃんって趣味が風流よね」
「風流?」

 そんな言葉と自分は無縁だと思うのだが? と首を傾げると、愛羽さんは私の隣へ並んで立ち、ベランダを眺めた。

「だって初めてここで喋った時も月を見ながらお酒飲んでたし、今もコーヒー飲みながら雨見てるし。なかなか二十歳の子ではそういう趣味をもてなくない?」

 ……確かになんか隠居した老人みたいな趣味かもしれない。

「もうちょっとアクティブに生きた方がいいですかね」

 言われてみるとそれもそうだと納得した自分の嗜好に苦笑しつつ、首の後ろを掻く。
 けれども、愛羽さんはゆるゆると首を振って、こちらを見上げた。

「雀ちゃんがそういうふうに飲み物を楽しんでる姿、好き。だからそのままでいて?」

 好き、だなんて言葉、いつも言われ慣れてるはずなのに。
 なぜか胸が跳ねた。

 言葉に詰まったまま、数度の瞬きをしていると、私と視線を重ねたまま、愛羽さんはふんわりと笑う。

「そのままの貴女も好き」

 ……。

 ……。

 ……。

「も?」

 普通、そのままの貴女が好き、って言う所じゃないのか?

 私が首を傾げると、愛羽さんは楽しそうに目を細めた。

「まったりした趣味を楽しんでる雀ちゃんも好きだし、もしこれから……例えばフットサルとかに目覚めたとして、そういうアクティブな雀ちゃんも好き。だから、も」

 愛羽さんは私の肩に手をかけたものの、コーヒーを溢さない為の配慮か、ほとんどこちらへ重みを掛けないよう背伸びをした。

「貴女が全部、好き」

 胸をじんと溶かす言葉を告げた唇が、そっと、私の頬へ触れた。

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