018  藤

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 ねぇ雀ちゃん。と呼びつつ、携帯電話でゲームをしている彼女に小さな箱を振ってみせた。

「たまには、こういうゲームもしてみない?」

 ベッドに転がっていた雀ちゃんはむくりと首だけを起こして、わたしが持つ小さな箱に目を留めて、「なんですか? それ」と、こちらに興味を示してくれる。

「花札」
「花札!」

 その存在は知っているようで、若い子なのに珍しいなぁなんて思ってしまう。
 若い子は大体、トランプとかウノとかが相場と決まっているだろうに。

 携帯電話をサイドボードへ置いて、わたしがいるカーペットの場所まで来てくれた雀ちゃんに”こいこい”のルールを知っているかと尋ねれば、頷く。

「知ってるんだ? すごい」
「ばあちゃんに教えてもらって、よく正月とかやりました。でもなんでいきなり?」

 この間会社にまーが持ってきてね、でも花札できる人が少なすぎて対戦相手に困った結果廃れたの。いらないからあげるって言われちゃった。

 と、説明してみせると、まーの様子が目に浮かぶのか、苦笑しながら雀ちゃんが「まーさんって会社の事学校みたいな感覚でいません?」と言う。

 うーん、確かに、ピコピコハンマーとか持ってくるし、叩いて被ってじゃんけんぽんとかやってる部署、うちくらいなものよね。

「大人になると息抜きを多々したくなるものなのよ」
「そーいうもんですか」

 我が上司への一応のフォローは、未成年者に笑われてしまった。
 

 ルールを知っているのなら早速とわたしが配った手札を、両手で扇状に広げた雀ちゃんが顔を歪めた。

「ぅっ……そだぁ……」

 声を詰まらせた雀ちゃんが8枚の手札のうち4枚を左側へまとめた仕草を視界の端に捉えて、わたしは唇の端で笑った。
 何月の札かは不明だが、きっと同じ月4枚を引き当てたのだろう。運がいいというか、悪いというか。
 よく切ったはずなのに、同じ月の札全てを手札に配られることなど、早々ない。

「何が揃ったの?」
「言いませんよ」

 揶揄うように声を掛ければ、口を尖らせた彼女がツンと黙秘した。
 別に七並べをしてる訳じゃないんだから、分かった所でそれは関係ない。相手の手札に同じ月が揃っているなら、隠していても、バレていても、私にはあまり関係も無い。

 だけどなんだか面白い状態が出来上がっているので、自分の手札と場の札とを見比べ、脳内で全ての月札と照合して導き出す。

「藤でしょ」
「……愛羽さん頭いいから私絶対負けるじゃないですかこのゲーム」

 ぺし、と自分の膝元へ卯月4枚を置き、晒して見せてくれる雀ちゃんは、やる前から負けると予言する。
 しかし、さして頭の良さや記憶力は必要だろうか? このゲーム。

「そんな事ないわよ。結構運任せなゲームじゃない?」

 配られた手札で勝敗が決まるパターンは多い。
 だから幸運を引き寄せるのが勝利の鍵だったりする。

「まぁ確かに……運、ですけど」

 ツンツンと卯月札をつつく雀ちゃんが可愛い。
 卯月では赤短も狙えないから不満なのだろう。

 あまりにも可愛いので思わず、わたしは手を伸ばしてふわふわの髪を撫でた。

「藤って雀ちゃんにはピッタリだと思うけど?」
「……役立たずってことですか?」
「違うって」

 確かに桜みたいに汎用性はないけれど、そういう意味で言ったんじゃない。
 わたしは首を振った。

「藤の花言葉って知ってる?」
「いいえ?」

 目を瞬かせる雀ちゃんの髪を撫で、わたしは「優しさ」「歓迎」「決して離れない」「恋に酔う」と花言葉を教えた。

「雀ちゃんって優しいからピッタリ」

 彼女を優しいと言わずして、なんと形容するのか。他の3つに関してもあながち外れてはいないだろう。

 しかしわたしの言い分に、「いやいやいや……」と謙遜するよう首を振っていた雀ちゃんだが、自分の鼻先へ人差し指を向けて、神妙な面持ちになった。

「私って恋に酔ってます……?」

 そこまで深刻に受け取らなくてもいいのに。
 その真面目さは、むしろアラセイトウの花言葉の方が似合っているかもしれない。色や何分咲きかによっても花言葉は変わるけれど、これもまた、雀ちゃんに似合うような花言葉が多い。

 でもまぁここはちょっと洒落た事でも言ってみようかしら、と企んで、雀ちゃんの頭を撫でていた手をスルリと頬、顎のラインへと撫でおろして、くすぐるように指先を彼女に触れさせてみる。

「わたしに酔ってくれてないの?」
「う」

 覗き込みながら小首を傾げてみせると、雀ちゃんがいつもの癖を発揮した。
 ほんと、いつまで経っても初心なんだから。
 可愛い。

「わたしは雀ちゃんに酔ってるけど?」
「ぅ……こ、こいこいしないんですか……っ」

 焦ってる焦ってる。
 狼狽えて目が泳いでる。

 かわい~。

「恋、は、してるけど?」
「ぅ、そ、そうじゃなくて……」

 ちっとも目を合わせてくれない。
 その動揺っぷりになんだか笑ってしまいそうになるけれど、ここはぐっと我慢。

「でもわたしはゲームの勝敗より……」
「……?」
「今は、血中濃度の方が気になるかなぁ?」
「け、けっちゅう……?」

 スリスリと雀ちゃんの首筋や頬を撫でつつ、わたしは目を細めた。

「どのくらい酔ってるのか、ってコト」

 彼女がわたしにどのくらい酔っているのか。
 フフと微笑むと、雀ちゃんは顔はもちろん、耳の先まで赤くして、そっぽを向いた。

「で、泥酔ですよ」

 確かに、その赤らんだ横顔は酔っ払いみたい。

 けど、照れながらでも言う事はしっかり言う辺り、可愛らしいというか漢らしいというか。

 私は手札を床へ置いて身を乗り出し、彼女の服の首元に引っ掛けた指でへべれけを引き寄せ、キスをした。

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