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ねぇ雀ちゃん。と呼びつつ、携帯電話でゲームをしている彼女に小さな箱を振ってみせた。
「たまには、こういうゲームもしてみない?」
ベッドに転がっていた雀ちゃんはむくりと首だけを起こして、わたしが持つ小さな箱に目を留めて、「なんですか? それ」と、こちらに興味を示してくれる。
「花札」
「花札!」
その存在は知っているようで、若い子なのに珍しいなぁなんて思ってしまう。
若い子は大体、トランプとかウノとかが相場と決まっているだろうに。
携帯電話をサイドボードへ置いて、わたしがいるカーペットの場所まで来てくれた雀ちゃんに”こいこい”のルールを知っているかと尋ねれば、頷く。
「知ってるんだ? すごい」
「ばあちゃんに教えてもらって、よく正月とかやりました。でもなんでいきなり?」
この間会社にまーが持ってきてね、でも花札できる人が少なすぎて対戦相手に困った結果廃れたの。いらないからあげるって言われちゃった。
と、説明してみせると、まーの様子が目に浮かぶのか、苦笑しながら雀ちゃんが「まーさんって会社の事学校みたいな感覚でいません?」と言う。
うーん、確かに、ピコピコハンマーとか持ってくるし、叩いて被ってじゃんけんぽんとかやってる部署、うちくらいなものよね。
「大人になると息抜きを多々したくなるものなのよ」
「そーいうもんですか」
我が上司への一応のフォローは、未成年者に笑われてしまった。
ルールを知っているのなら早速とわたしが配った手札を、両手で扇状に広げた雀ちゃんが顔を歪めた。
「ぅっ……そだぁ……」
声を詰まらせた雀ちゃんが8枚の手札のうち4枚を左側へまとめた仕草を視界の端に捉えて、わたしは唇の端で笑った。
何月の札かは不明だが、きっと同じ月4枚を引き当てたのだろう。運がいいというか、悪いというか。
よく切ったはずなのに、同じ月の札全てを手札に配られることなど、早々ない。
「何が揃ったの?」
「言いませんよ」
揶揄うように声を掛ければ、口を尖らせた彼女がツンと黙秘した。
別に七並べをしてる訳じゃないんだから、分かった所でそれは関係ない。相手の手札に同じ月が揃っているなら、隠していても、バレていても、私にはあまり関係も無い。
だけどなんだか面白い状態が出来上がっているので、自分の手札と場の札とを見比べ、脳内で全ての月札と照合して導き出す。
「藤でしょ」
「……愛羽さん頭いいから私絶対負けるじゃないですかこのゲーム」
ぺし、と自分の膝元へ卯月4枚を置き、晒して見せてくれる雀ちゃんは、やる前から負けると予言する。
しかし、さして頭の良さや記憶力は必要だろうか? このゲーム。
「そんな事ないわよ。結構運任せなゲームじゃない?」
配られた手札で勝敗が決まるパターンは多い。
だから幸運を引き寄せるのが勝利の鍵だったりする。
「まぁ確かに……運、ですけど」
ツンツンと卯月札をつつく雀ちゃんが可愛い。
卯月では赤短も狙えないから不満なのだろう。
あまりにも可愛いので思わず、わたしは手を伸ばしてふわふわの髪を撫でた。
「藤って雀ちゃんにはピッタリだと思うけど?」
「……役立たずってことですか?」
「違うって」
確かに桜みたいに汎用性はないけれど、そういう意味で言ったんじゃない。
わたしは首を振った。
「藤の花言葉って知ってる?」
「いいえ?」
目を瞬かせる雀ちゃんの髪を撫で、わたしは「優しさ」「歓迎」「決して離れない」「恋に酔う」と花言葉を教えた。
「雀ちゃんって優しいからピッタリ」
彼女を優しいと言わずして、なんと形容するのか。他の3つに関してもあながち外れてはいないだろう。
しかしわたしの言い分に、「いやいやいや……」と謙遜するよう首を振っていた雀ちゃんだが、自分の鼻先へ人差し指を向けて、神妙な面持ちになった。
「私って恋に酔ってます……?」
そこまで深刻に受け取らなくてもいいのに。
その真面目さは、むしろアラセイトウの花言葉の方が似合っているかもしれない。色や何分咲きかによっても花言葉は変わるけれど、これもまた、雀ちゃんに似合うような花言葉が多い。
でもまぁここはちょっと洒落た事でも言ってみようかしら、と企んで、雀ちゃんの頭を撫でていた手をスルリと頬、顎のラインへと撫でおろして、くすぐるように指先を彼女に触れさせてみる。
「わたしに酔ってくれてないの?」
「う」
覗き込みながら小首を傾げてみせると、雀ちゃんがいつもの癖を発揮した。
ほんと、いつまで経っても初心なんだから。
可愛い。
「わたしは雀ちゃんに酔ってるけど?」
「ぅ……こ、こいこいしないんですか……っ」
焦ってる焦ってる。
狼狽えて目が泳いでる。
かわい~。
「恋、は、してるけど?」
「ぅ、そ、そうじゃなくて……」
ちっとも目を合わせてくれない。
その動揺っぷりになんだか笑ってしまいそうになるけれど、ここはぐっと我慢。
「でもわたしはゲームの勝敗より……」
「……?」
「今は、血中濃度の方が気になるかなぁ?」
「け、けっちゅう……?」
スリスリと雀ちゃんの首筋や頬を撫でつつ、わたしは目を細めた。
「どのくらい酔ってるのか、ってコト」
彼女がわたしにどのくらい酔っているのか。
フフと微笑むと、雀ちゃんは顔はもちろん、耳の先まで赤くして、そっぽを向いた。
「で、泥酔ですよ」
確かに、その赤らんだ横顔は酔っ払いみたい。
けど、照れながらでも言う事はしっかり言う辺り、可愛らしいというか漢らしいというか。
私は手札を床へ置いて身を乗り出し、彼女の服の首元に引っ掛けた指でへべれけを引き寄せ、キスをした。
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