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「雀ちゃんってキザよね」
自宅玄関の鍵を開けている私に、愛羽さんが後ろから言った。
「はい……?」
いきなりなんなのか。
軽く首だけで振り向きつつ玄関のドアを大きく開ける。
愛羽さんが自宅へ帰らずに、後ろへ続いて入ってくる気配を見せるということは、ナニをされても構わない、という事だろうか。
猫カフェで言ったあの台詞は、まぁ言うなればちょっとした脅し。冗談みたいなものだったのだけど、帰り道での反応も結構手応えあったし……、キスくらいなら、いいのかな?
いやでも、それにしたって先程の発言は脈絡もなく、一体なんなのか。
靴を脱いで端へ寄せ、さっさと上り口へとあがって振り向けば、愛羽さんが後ろ手に玄関の戸に鍵をする所だった。
「なんですか? キザって」
「言う台詞はまぁわたしが言ったの使っただけだろうけど、タイミングがなんかキザ」
まだ照れてるのか、すこしトゲついた口調で言った愛羽さんは靴を脱ぐ為にこちらへ背中を向ける。
うーん、そうかな? 別に自分ではそんな事ないと思ってるんだけど。
愛羽さんがそんなふうに言うなら、そうなのかもしれない。
っていうか、今のタイミングでいきなりキザとか言うのは……もしや催促?
「井出野さんからそういうの、習ったりし」
上り口へのぼった愛羽さんが、中途半端に台詞を切って口を噤んだのは、わたしが手首を掴んだからだろう。
この敏感な反応。
――愛羽さん、さては期待してたな?
ちょっと身構えるみたいに、強張らせた表情がかわいい。
「習ってませんよ?」
言いながら、掴んだ腕を引いて、廊下の壁に背を預けさせる。
大学で一時期大流行していた壁ドンをするために、少々手荒に扱ったのは後で謝っておこう。
でも、顔の横に手をつかれて、ちょっぴり、カワイイ顔つきになっているのだから、まんざらでもないんだろうな、愛羽さん。
私は調子に乗って、手首を掴んでいた手で、するすると腕、肩、首と撫で上げ、終いに顎をクイと持ち上げた。
彼女のご要望通り、私はキザになれているだろうか?
上から囲うように迫りながら、「我流です」とニヤリと笑ってみせると、それまで狼狽えたように唇を一文字に引き結んでいた愛羽さんが低く呟いた。
「天然タラシめ」
憎らしそうな響きの言葉を浴びせられて「は?」と目を丸くしていると、それまで大人しくしていた愛羽さんが、いきなり、両手で私の胸倉を掴んだ。
え、ちょ待っ何この展開帰ったら即行でナニをするのは私のはず……!?
焦っていると、彼女は踵を浮かせて背伸びをしながら、
「即行で。うばってやる」
と言うが否や、宣言通り、私の唇を奪った。
ん゛、と驚きに声を濁らせていると、意外とあっさりキスを解いた愛羽さんは、ストンと踵を下ろして私を見上げた。
「ざまーみろ。このタラシ」
言い慣れないざまーみろも可愛いし、自分からキスしてきたくせにちょっと照れて赤らんだ顔も可愛い。
なのにダメ押しとばかりに、胸倉を掴んでいた両腕を私の背に回してぎゅっと抱き着いてくるものだから、気付いた時にはもう、私の心臓はトップスピードで心音を響かせていた。
「……」
「……」
しばらく二人ともそのままの体勢で。
部屋……というか廊下には、無言が広がった。
これ、は……この状況は……多分。
「愛羽さんって……負けず嫌いですよね」
珍しく愛羽さんが、雰囲気を持て余しているのだ。
なんでいきなり、彼女がネコからタチへ転じようとしたのか。
たぶんそれは、猫カフェからやられっ放し状態だったのが、悔しかったからではないだろうか。
でも、やっぱり、ネコはネコ。
とりあえず勢いで下剋上してみたものの、この後どうするべきか、考えあぐねているのではないだろうか。
「るさい」
ぽそっと言い返す声は、なんだか聴いているこっちが恥ずかしくなってしまいそうなくらい、羞恥心に満ちていて、私はついつい、吹き出した。
わらうな。と云いたげな頭突きが胸を小突いてくるけれど、痛くないし、可愛い。
なんだろう。今日は愛羽さんの可愛いのバーゲンセールかな?
下剋上された時にはどうしようかと思ったけれど、これなら、まだ私の方に主導権があるみたいだ。
私はほっと胸を撫で下ろしながら、コアラみたいに抱き着いている愛羽さんの体に、両腕を回してぎゅっと抱き締めた。
「愛羽さんは、ネコちゃんですもんね?」
「うるさい」
「こういう状況からの持って行き方、不慣れですもんね?」
「うーるーさーいー」
「可愛いです。愛羽さん」
「……さい」
尻すぼみになる声も、可愛い。
私は彼女の耳に口を寄せて、囁いた。
「即行で、抱いてもいいですか?」
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