003  猫カフェから帰る途中のようです

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 いや……あれはやばかった。

 今思えば、愛羽さんの妨害があったし、膝にシオンが居て動けなかったとはいえ、よくキスしなかったなと自分を褒めてやりたい。
 だって、愛羽さんが「わたしもネコなんだけど」と言って、むすっとした顔を寄せてきたんだから、可愛くない訳がない。

 ネコなんだけどって、多分、猫のシオンだけじゃなくて自分も構ってくれって言いたかったんだろうけど……。

 いやマジで。
 可愛い過ぎだろなんだその言い回し。
 ていうか、ネコという専門用語を元ノンケの愛羽さんがいつ覚えたのか。

 教えたのは多分遥さんか店長辺りだろうけれど、ちゃんと使いこなせている上にウィットに富んでいるのはもう、流石愛羽さんだとしか言いようがない。

 あー……かわいいなぁもう。ほんっとに。
 なんて思いながら帰り道の信号待ちで見下ろしていると、長い髪を一房握っていじりまわしていた愛羽さんが、意を決したようにこちらへ視線を寄越した。
 なぜか、キッと睨まれる。

「見過ぎ」
「へ?」
「視線がいたいんですけど!」

 あ。照れてるのか。

 愛羽さんは照れると、敬語が混じる。

 照れてるのもやっぱり可愛くて、にへらと笑えば、「ばか」とののしられた。

 ――やべぇ……かわいい。

 信号が変わって、私を置いてさっさと歩き出してしまう愛羽さんは、いつから私が見つめていると気付いていたのだろう。
 こっちを見てなかったから、気付かれてないと思って遠慮なく見つめていたんだが。

「愛羽さん」

 身長差もあって歩幅も違うのに、愛羽さんの歩きは超早い。
 さすがにそんなに急がなくても、と直球で言っても、照れMAXの愛羽さんはきっと「急いでない」と言い切り、さらに速度をあげそうだ。
 そんなのもう競歩じゃないか。

 今日はいつもの仕事用のパンプスじゃなくて、可愛い靴を履いているのだから、ゆっくり歩いて欲しい。
 仕事用のと違って毎日履いてないからきっと、履き慣れていないだろうし、靴擦れでも出来たら可哀想だ。

「なに」

 ぶっきらぼうな返事もまぁ、可愛いんだけど。

「そんなに早く帰って、ナニしたいんですか?」
「っ……」

 言葉を詰まらせた愛羽さんは、ぼっと顔を赤くして、急速にスピードを緩めた。
 そうそう、そのくらいの歩調で、ゆっくりがいい。

「ちがうもん」
「そうでしたか」

 帰ってナニをしたいから速足だった訳じゃないと訴える彼女に笑って頷いてみせると、なんかちょっと悔しそうな顔をされた。

 私が猫カフェでシオンばっかり構ってたから拗ねちゃったんだし、何か言っておいた方がいいだろうか。

 でもこんな道の往来で言える事なんて限られてるしなぁ。なんて思案していると、先日の公園での出来事を思い出した。

「愛羽さん」
「なによ」

 ちょうどまた信号にかかって立ち止まったので横に並んで立つ。
 隣の可愛いひとを見下ろしながら、車の行き交う音の中で、私は彼女の言葉を借りた。

「うちの子がいちばんですから、安心してくださいね」
「~~~~っ……!」

 本日二度目、言葉を詰まらせた愛羽さんは、耳まで赤くなった顔を片手で隠しながら、私の肩にぐーでぱんちしてきた。

 めっちゃ可愛い、ぱんちだった。

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