001  公園で愛羽さんがワンちゃんを見つけたみたいです

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 スーパーに買い出しがてら、一緒にお散歩しようよ。
 なんて腕を引っ張られると、もちろんと答える以外の言葉を持たない私は、愛羽さんと連れ立って、外へ出掛けた。

 もう桜も散り、その花びらも道路から消えた今日この頃、日中は汗ばむ程の気温になってきた。

「もうすっかり夏ですね」

 春物のシャツの長袖を折り返して捲りながら、照りつけてくる太陽に目を眇める。
 正直言って、暑いくらいだ。上着なんて着てこなくて本当に良かった。

「まだ梅雨も来てないのに夏だなんて、気が早いよ?」

 ふふと笑う愛羽さんも格好は春物で揃えてあるけれど、私と違って全然暑そうにしていない。
 彼女の周りだけ、涼しげに見える。
 なんでだ? 彼女は風系か水系か氷系の魔法使いで自分の周りだけ涼しくできるのか?

 なんて馬鹿な事を考えながら公園内を歩いていると、愛羽さんが「あ」と語尾にハートでもついていそうな声を短く零した。

「かわい~ぃ」

 目尻をさげて、笑む口元をかるく手で隠して彼女が何かを可愛いと言う。
 その視線を追い掛けて見遣れば、なんと、柴犬がブランコに乗っているではないか。

 器用なものだ。
 あの細い板の上にきちんとお座りをしていて、ゆらゆらと小さな幅で揺れている。
 ぷらんと垂れ下がった尻尾が可愛いではないか。

 その隣のブランコには優しそうなおじいさんが座っていて、両足を地面についたまま、膝を軽く曲げ伸ばししてブランコを揺らしていた。

 おじいさんはどうやら愛羽さんの声に気付いたようで、こちらに視線を巡らせてくると、「触りますか?」と穏やかに勧めてくれた。

「いいんですか?」

 人懐っこくそちらへトコトコと寄っていく愛羽さんが、柴犬の前へ辿り着くと、おじいさんは「どうぞどうぞ。可愛がってやってください」と皺の深い顔で微笑んだ。

「じゃあ、遠慮なく失礼しますね。わんちゃんお名前はなんていうんですか?」
「チビといいます。この子がまだ子犬だったころ孫が付けたんですが、もうチビではない体ですな」

 ほっほ、と笑うおじいさんの顔は柔和で、お孫さんのことも、このチビのことも大切に想っているのが窺える。

「そっかぁ。チビくんかぁ」

 愛羽さんはチビの正面にしゃがみながら、彼の鼻先に軽く握った手を近付けた。
 チビの方は、その手をふんふんふんと臭ってから、ペロと小さく舐めた。

「大きくなったんだねぇ」

 舐められたことが、触れることを許された証とでも言うように愛羽さんはチビの頬や耳の後ろ、そして頭をよしよしと撫で始める。

「チビくんは何歳になるんですか?」

 愛羽さんは「かわいいねぇ。お耳ふわふわだねぇ」とかチビに語り掛けているので、私は隣へ立ったまま、おじいさんに尋ねてみた。

「いくつになったでしょうねぇ。もう十は越したでしょうかねぇ」

 ゆったりと微笑むおじいさん。アバウトだな。

「じゃあ50歳か60歳くらいだねぇチビくん」

 もふもふもふもふとチビの頭を両手で撫で回している愛羽さんに既視感を覚える。そしてチビにはなんだか親近感を覚える。
 ……これはいいことなのか、わるいことなのか。

 愛羽さんが言うように、チビはなかなかのお年なようで、ハツラツとした顔つきではなくて、どちらかと言えば、おっとり、まったりしている。

 若い柴犬ならきっと、こんなにも大人しくブランコに座っていないだろうし、自分を構ってくれそうな人間が寄ってきたら尻尾をふりふり、前足を両方あげて、「ほら撫でて早く撫でてほらほらほら!」みたいに後ろ足だけで立つことだろう。

 そうしない様子を見ると、確かにチビが50、60と言われるのも納得できる。

「んふふふ、かわいい。お鼻つやっつやだねぇ」

 満面の笑みで、人差し指でぷにぷにとチビの鼻をつつく愛羽さんの方が可愛いんだけど、と心の中だけで呟いておく。
 彼女はどうやらふわふわの耳が気に入ったようで、両手で左右の耳を軽く挟んで、ほにほにほにほにと擦るようにして撫でていた。

 が、しばらく触って気が済んだのか。彼女は最後にポンポンとチビの頭を撫でて立ち上がった。

「またね、チビくん。おじいさん、ありがとうございました」
「いいえ。こちらこそ」

 丁寧にぺこと頭を下げた愛羽さんの隣で私も会釈して、その場を後にする。

「かわいかった」

 ほくほくしながら満足そうにしてる愛羽さんが可愛い。

「優しそうなおじいさんでしたね」
「うん。チビくんもいい子だった」

 鼻歌でも歌いそうな程ご機嫌な愛羽さんは、歩きながらこちらを見上げた。
 その目はなんだかちょっと悪戯っぽい。

「なんです?」
「他のわんちゃん可愛がったから、うちのわんちゃんが拗ねてるのかなー? と思って」

 確かに、親近感も既視感も感じたけれど、べつに嫉妬してないし、拗ねてもない。
 けど、すこし気になったので、どちらともつかないような態度を取りながら、私は片眉をあげた。

「拗ねてるって言ったらどうにかしてくれるんですか?」
「お買い物して帰ったら、チビくん以上にいっぱいよしよししてあげようかしらね」

 そういうことなら。

「じゃあ拗ねてます」
「じゃあって何よ、じゃあって」

 肘で私を小突いた愛羽さんは、ふんわりと笑った。

「うちの子がいちばんだから安心してね」

 いやまぁその言葉は嬉しいんだけど、どうして私はいつも犬扱いなのか。
 絶対チビと同等扱いされてるよな……と私は心の中で呟いた。

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