隣恋Ⅲ~媚薬を手にして~ 1話 完


※ 本章は女性同士の恋愛を描くものです ※


湯にのぼせて→


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 見た目は香水。
 中身は毒にも薬にも成り得るもの。

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 ~ 媚薬を手にして ~

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 遅い……。
 腕時計を確認すれば、店に到着して15分。約束の相手は愛羽だが、時間厳守な彼女にしては遅い。社で何かあったのか?

 首を捻りながら、鞄の中から携帯電話を取り出しかけた時。

「ごめん、遅くなった」

 店員さんが個室の戸を開けてくれて、愛羽が会釈しながら入ってきた。

「トラブル?」
「んーん、大丈夫。多田さんがコピー機壊しただけ。直してきた」
「おー、流石さすが。ありがと」

 大事じゃなくて良かった。取引先からの直帰を後悔するところだったわ、と続けて零せば、愛羽はちょっと笑って、仕事第一だもんね、と揶揄うように言う。

「仕事第一でなにが悪いか」
「日常に楽しみはないの?」
「仕事が楽しい」
「そりゃあわたしも一緒だけど」

 適当な会話をしながらメニュー表をめくる愛羽。
 今日は「媚薬飲ませてごめんなさい奢りますの会」だから呑み代は全額あたし持ち。
 まったくもう。自分も媚薬の効果であの晩楽しんでたんだから、いいじゃないの。なーんて言って抗議したら「その残った媚薬飲ませるわよ」と凄まれた。

 いやいやムラムラ解消する相手もいないのにそれは勘弁、とこの「媚薬飲ませてごめんなさい奢りますの会」の開催を提案したんだけど。

「すずちゃんは?」
「バイトがあと1時間弱で、それから来るって。遅れてごめんなさいって言ってた」
「なーる」

 二人ともに媚薬を飲ませたのだから、二人ともをこの会にご招待な訳である。

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 あたしがあの媚薬を手に入れた経緯を簡単に言えば、外国人の友達がどっからか入手してきたそれを横流しして、手に入れた感じだ。

「見た目は香水だけど、飲めば結構強めの物だから気をつけて。あと、翌日は二日酔いみたいに重たい頭痛よ」

 ウィンクしながらそう説明してくれた友人から、小瓶を受け取り、真っ先に思い浮かんだのが愛羽とすずちゃんのカップルだった。
 あそこのカップルなら仲良しだし、媚薬が原因で喧嘩が起きてもあたしが仲裁できるし。
 男女カップルに渡して、子供ができちゃいました、なんてことになっても困るのはそのカップルとあたしだし。

 媚薬を渡す条件クリアをしているカップルが愛羽とすずちゃんとなると…………ただ普通に渡しても面白くない。
 どうしたら面白いか案を練り練りねるねるねるね。

 考えついたのは、ドッキリ大作戦だった。

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 結局両者に媚薬を飲ませるけれど、全く媚薬の存在を知らないのが一人。
 相手が媚薬を盛られた事を知り、その上で実は自分も盛られた事をしらない一人。
 これを作り上げた結果、どうするか。おもしろそうじゃないの。

 自宅以外で作戦を決行すると、ちょっとアブナイ。
 だから家呑みをセッティングして、翌日の二日酔いの伏線作り。

 二人のお酒に小瓶の中身を注ぐなんてちょろい。
 そもそも何も警戒していない人間だ、隙もタイミングも、いくらでもある。

 ただ、外国人が媚薬を使って「結構キク」と言うくらい強力な物だから、入れる量だけは注意して少な目にした。一人に盛るのは小瓶の4分の1。このくらい控えておけば大丈夫だろう。

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 媚薬の存在を知らせるのはどちらにしようか、状況次第で決めようと思っていたら、結果、すずちゃんがその役目に。

 アルコールで赤い顔をさらに赤くしながらすずちゃんに襲い掛かる愛羽は面白かったし、原因は媚薬と知っているせいで余計動揺するすずちゃんも中々面白かった。

 別に他人のセックスを見たい訳じゃないから、揶揄い終えたらさっさと退室したけれど。

 愛羽の家で飲んでいたから、隣のすずちゃんの部屋へベランダを通ってお邪魔する。
 以前、愛羽が嬉しそうにこのベランダの壁に開いたままの穴のことを言っていた。なんだか秘密基地みたいで楽しいと。

 確かに、ここを通り抜けるのはなんだか、童心に返ったようで楽しかった。
 けど、大家に知れたら怒られるのは確実だな。

 あの真面目なすずちゃんが、こういうのを放っておくのはなんだか意外だけどね。
 彼女の部屋へ入り、壁の向こうのセックスに聞き耳を立てるのもどうかと、お風呂を借りる事にした。

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 風呂からあがってサッパリして、眠る準備ができるとすずちゃんのベッドへもぐりこむ。
 携帯電話でニュースをチェックしていると、遠くから声が。

「おーやってるやってる」

 つい口に出したのは、媚薬の効果が発揮されている事への感心から。
 ホントに効くもんなんだな。4分の1の量にしておいて良かった。

 友人も、結構な物を寄越してくれたものだ。
 あたしに恋人が居ないと知っていながら。

 まぁアチラの人はオープンだから、「恋人がいないなら誰とでもできちゃうじゃない。ラッキーでしょ?」くらいの軽ーい考えなもんだ。

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 携帯電話を置いて、頭の下で手を組んで天井を眺める。

「……恋人、ねぇ……」

 人よりも多くの合コンに参加している自覚はあるし、声をかけてくる男もいる。

 自慢じゃないが、そこいらの女より男が喜ぶ話題振りはできるし、聞き役もできる。状況を見て采配を振る……合コンじゃ料理の取り分けだとか飲み物の注文、席替え、輪に入れてない人への声掛けなんかだけど。
 そういうのは出来る。だからモテる。

 この携帯電話に登録されている連絡先は膨大だ。

「……ピンと来ないのよねぇ……」

 あたしより収入が良い奴もいる。
 あたしより背が高い奴もいる。
 あたしより優良な学歴の奴もいる。

 でも、なんだか違う。
 そんな状況がここ何年も続いていて、不作だ。

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「あ」

 不作。で、思い出した。
 この間の他社との合同プレゼンの日に会ったあの人。
 あれはピンと来たな、確か。

 でもハードルは高そう。てか、売約済かもね。

「名前は確か……た……た……あド忘れした……最初にたが付く名前だったのに」

 必死にその名前を思い出そうとしているうちに、いつの間にか眠ってしまったのだった。

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「ねぇ……まー。ねぇってば、聞いてる?」

 カンカン、と愛羽の爪がテーブルを叩いて、回想から戻ってきたあたしの頭。

「は?」
「は、じゃなくて、ユッケ食べる? って聞いてるの」
「いるー」
「はい」

 あ、いる、で思い出した。
 彼女から受け取ったユッケの皿を一旦テーブルに置いて、あたしは鞄から例の小瓶を取り出した。
 中身はタップリ満杯だ。

「これ、また貰ったんだけど、いる?」

 愛羽の顔が見事に引き攣って、箸を取り落とした。
 小瓶を見て顔が固まるくらい、あの晩ヤりまくってトラウマになったのだろうか?

「あ、思い出してる~、やーらし~」
「……っさい」

 赤くなった愛羽の前に、コトリ、と小瓶を置いた。

「あげる」

 その直後、やってきたすずちゃんの姿を見るや否や、小瓶を隠すように鞄に仕舞った愛羽に、「また感想聞かせてね」と言えば、テーブルの下で脚を小突かれた。

 まったく可愛いくて揶揄い甲斐のある部下である。

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隣恋Ⅲ~媚薬を手にして~ 完

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