第41話 武藤とトイレ

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 便座に座って、あたしは深く深く息を吐いた。
 高い店なだけあって、ここはトイレも綺麗だ。居心地の悪い、やっすいスーパーのトイレとは訳が違う。

 だから、長居がしやすい。ありがたい。

「……」

 最近、あたし、泣き過ぎじゃねぇ?
 いや泣くのは構わねぇよ。けど、人前で泣き過ぎ。引地だの先輩だの愛羽さんだの、一体なんなんだよマジで。

 ………………はーーーーもーーーーーー……………………かえりたい。

 本音を言えばマジでもう帰りたいし、今日は腹いっぱいまで、吐く寸前まで食って、食い溜めして帰ろうと思ってたけど……もう帰りたい。
 まだ胃に空きはあるけど、一応、米も肉も食ったし。

 その一食と引き換えにしたものは、まじプライスレス。こっちが渡したモンの方が大きいだろってくらいに、こてんぱんにやられた気がする。
 なんなのあの年上ども。先輩はまぁ1コ上だけど愛羽さんに至っては少なくとも4、5歳は上だろ? ちょっとは手加減しろよまじで怖かったぞ怒ったとき殺されるかと思ったし。

 今まで生きてきて、あたしに対して怒りを向けてくる人は沢山見てきた。
 それはあたしが揶揄ったり、馬鹿にしたりしたから怒った人も多かったけど、他には例えば、第三者的な立場で怒る人も居るには居た。
 そんなふうにまで言ってやるなよ! とあたしに食って掛かってくる第三者。庇ったり、そいつの為だったり、自分の為だったり。想いは様々だっただろうけど、あたしがちょっと言い返せば口籠ったり、怒りを鎮めたり。
 最後まで噛みつき続ける奴なんか、一人も居なかった。

 でも、あの人は違った。
 愛羽さんは、まず、怒りの温度が全く違った。
 責め立てる言葉の鋭利さが、今までの人間の比ではなかった。
 先輩が止めてくれなきゃきっと止まらずあたしを責め続けてたと想像に易い。
 それと、先輩が言ってたように、愛羽さんは間違いなく先輩の為に怒ってた。

 高校の頃どうして助けてやらなかったんだ、と。
 あたしならそれが出来た立場に居たくせに、と。

 あんな目に遭っていた恋人を救えたのはあなたしかいなかったのに……と。

「……」

 なんか、さぁ……。

 愛羽さん、まともな人っぽいよなぁ。
 先輩の事守ってるらしいし、支えたりなんだりとしてるらしいし。その片鱗は十分すぎるくらいに見せつけられて、もーなんか、誑かされてないかー? とか、相応しいのかー? とか、そういう調査で二人の間に踏み込んでケガさせられるくらいなら、もうOKOK上等な女だお幸せにな! っつって手を振ってバイバイしたい。

 そう思うのに、過去の自分と引地が脳に語り掛けてくるんだ。
 それでいいのか? 本当に大丈夫か? って。
 昔は適当に判断下して、先輩なら大丈夫だろとか、今先輩を助けに行ってケガするのやだなとか、そういう感じに遠巻きにしてた。
 だからこそ後悔が今心の中へ大きくあって、「それでいいのか? 本当に大丈夫か?」と訊いてくる。

 もう間違いは犯したくない。
 でもここで逃げたい気持ちはめちゃくちゃある。

 仮に、仮にだぞ?
 愛羽さんがわるい女だとして先輩から引き剥がした方がいいって判断結果が出たとして。
 あたしがあの超怖い女を、引き剥がせるか? 別れさせる事できるか?
 先輩だってあんだけ惚れてんだぞ? 別れさせられるか?
 イヤ無理っしょ。としか思えない。どんなハニートラップを使えば愛羽さんを貶める事が出来るのか全く分からない。

 そんな相手を、もしかしたら敵に据える為の審査をしに行かなきゃならないのか?
 えーー……マジでめっちゃイヤなんだけど。
 またあんな怖い眼向けられたらチビるんだけど。

 あ゛~~~~~~~~~~~やだなぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ。

 ちょっと引地に連絡するか。あいつならズバッと背中押すようなこと言ってくれそうだし。

 と、思って懐を探ったが、ケータイがない。
 そうだ。
 部屋に置いてきたコートのポケットに入れたままだ……。

 あーーーーもーーーークソ。最悪。

 はぁ~~~~~~ぁ……部屋帰りたくねぇなぁ……。




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