第7話 武藤と退部のきっかけ

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 あれからストバスに通う頻度は増えた。だから余計、部活は楽しくなくなった。

 だって、あの怪しい人と会う頻度はそんなまで多くないし、例え、あの人が居て、彼女と喋るのだってなかなか難しい。こっちがただただ思った事を喋るのなら全然苦ではないが「なんで?」「どうして?」「なにが?」と詳しく突っ込んで聞き返され、それまでなんとなくのニュアンスで喋っていた部分を明確に表す言葉を探すのは、物凄く脳みそを使うから、疲れる。

 まぁそれがおもしろくて喋っていたいというのもあるが、普段しない脳みその運動をするのは疲労蓄積が激しい。だから彼女の元を離脱してベンチに座っていたら、やっぱりゲームに参加したくなる。それで参加すれば、学校でやるおままごとみたいなバスケは楽しくないし、練習メニューだってこなすのはつまらない。

 つまらないから面白い事を求めてストバスに出向き……そのまま悪循環。負のスパイラルの完成という訳だ。

 あの怪しい人は相変わらず端の端に陣取って、ストバスコートへ来る度、絵を描いている。
 飽きもせず、何枚も、何人も、バスケをする人の絵を、いろんなポーズを、描いている。

 どの絵を見ても、その前にどんな動作があったのか見えるし、見ているうちにその後の動きもなんとなくだが、見えそうな気がしてきた。
 その答え合わせをしたくて絵の後どう動く予定なのか訊いてみると、彼女はまず、答えを教えてくれない。
 どうしてそう思ったのか。どこを見てそう思ったのか。詳しく詳しくくわしーーーーーーーーく、喋らされる。

 で。

 彼女が納得いくまで解説が済んだら、答えをくれる。
 自分はこういう想いで、意図で、動かす予定で、描いた。と。

 あたしの見えた展開とあってる時もあれば、違った時もあった。

 だけど、絵の話をする時、彼女はカッコイイと感じるなにかがあった。
 描いている横顔はキャップもフードも被っててどうにもパッとしない奴って雰囲気しかないのに、絵の前後の話をするとき、めちゃくちゃに何かがカッコイイ。それを解きほぐして解説してくれと言われたら心底困るから本人には伝えないつもりだけど、カッコイイ。
 一種、先輩の背中に通ずるような、似たような何かを感じてしまうカッコ良さ。

 何がいいのか分からない。でもカッコイイ。それをもっと見たい。知りたい。
 絵も見ていたい。絵の話をしたい。

 そんな欲求を満たせば満たすほど、どうしようもなくつまらない学校生活。
 勉強だって何に役立つか分からない。部活だってプロになる訳でもなし結局将来の為にもならない。じゃあそれって、続ける意味ある? やんなきゃいけないもの?

 日々募っていく不満と疑問。

 それをたまたま、怪しい人にぶつけた事があった。

「あんたは何が目的で、そんなに毎回飽きずに絵を描いてるんだ?」
「もくてき?」

 きょとんと丸くなった目が、ノートからあたしに向いた。

「あたしが毎日やってる事と言えば学校での勉強と、部活のバスケだ。けどそれを続けて何の目的を達成できるか分からない。何の為に毎日やってるのか分からない。分からないけど、惰性で続けてる。今までやってきたし、皆がやってるから、続けてる。だけどあんたは誰かと同じだからっていう安心感でその絵描きを続けてる訳じゃないだろう? やりたくてやってる。何で……何の目的があって、あんたは絵を描いてるんだ?」

 自分の聞きたい事を伝えようと思うと、沢山言葉が必要だと、この人と喋るようになって初めて知った。
 これまでどれだけ、人とテキトーに喋ってきたのか、思い知った。

「私は追いかけていたいからよ」
「は?」

 どういう事? と付け加えるまでもなく、珍しい事に、彼女は続けて喋ってくれる。

「好きなひとを追いかけていたいから、描いているの」

 教えてもらった目的は、かなり、意外だった。

 なにせこの「なんで?」「どうして?」「なにが?」人間の事だ。もっと明確な……例えば「何年何月何日までにバスケ絵を千枚描くと決めたから描いてるの」とかそういう事を言ってくるのかと想像していたんだが……そうではないらしい。
 なんか……ふわっとした、感情的な目的で、やっている事らしい。

「描いていたら、その好きなひとに近付くって事か?」

 ふわっとし過ぎてて分かりにくいな。と、この人との会話で初めて思った。だから訊き返した。
 すると、彼女は、笑いながら首を振った。縦に、横に、両方、振った。

「私が好きなひとは、漫画家なの」
「へぇ? 知り合い?」
「私が一方的に知っているだけ。あの人の漫画を買って読んだだけ。漫画を読んでとても心が震えて、好きだと思って、会ってみたいと思った。漫画を描いているところを見たいと思った。だけどそれはしようと思ってできるものではないの。漫画を描く現場に居合わせられるのは、アシスタントと編集者、身内、取材人。その中で自分が成れる見込みがあるのは、アシスタントだけ。だから描いてるの」
「いや」

 そこまで口から出て、踏み止まるべきか? と一瞬過った。だけどその真っ直ぐさになんでかムカついて、あたしは一拍中断を挟んだ言葉を全部、投げつける。

「漫画家のアシスタントなんて、なろうと思ってなれる訳じゃない。ここで何千枚描いても、なれない可能性だってある。なのに続けて、意味あるのか?」

 彼女の語った内容は、”夢”というやつだ。
 それを拳で叩き割るような、足で踏みつけるようなひどい言葉を、冷たい刃を、あたしは繰り出した。

 意味がないと感じている自分の学校生活と、彼女の絵描きを重ねて、今後も描き続けると述べられた答えを否定したかったのかもしれない。
 そんなあたしを見つめた彼女は、真っ直ぐな目をしていた。
 どっかで見たことあると思う……真っ直ぐな目。
 思い出したくもなかったと感じた真っ直ぐな目。

 それを重ねたのは、かつての先輩。
 どれだけ周りから、チームメイトから暴行を加えられてもゴールに向かい続けたあの人の眼。

「立ち止まって、何もしなければ、可能性さえも消失するわ」
「……」

 気圧されて、唾を飲み込んで、コキュと締め上げるような音を立てても、あたしは彼女の眼から視線が逸らせなかった。

「砂粒くらいの可能性でも有るは有る。それを立ち止まって何もせず憧れだけを握り締めて潰すより、目的に近付く道を歩くの。絵を描かなきゃあの人には近付けない。一生歩き続けても辿り着けない未来もあるでしょう。でも、やらないで腐るよりやって駄目になった方がいくらかマシだし、諦めもつくわ」

 最後に笑顔を見せた彼女は、シャーペンの尻をノックしながら自分の絵を見つめる。

「あなたは、学校での勉強と、部活のバスケの先に、追いかけたいものがないから困っているの?」

 先輩の眼と似た眼の人は、ものごとを明らかに、確かにしていくのがとても上手な人だった。



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