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「ん……おかえり」
「ごめんなさい、起こしちゃって……ただいまです」
「んーん、いいの。バイトお疲れ様」
「ありがとうございます。あと、夜食も。ありがとうございました」
ほんと、バイト終わりに毎回起こしてしまって申し訳ないなと思いながら、毎回、布団にくるまって寝ててほかほかの体の愛羽さんを抱き寄せて眠る。
バイトの疲れも瞬時に癒されてしまうくらい幸せな気持ちで恋人と眠って、翌朝を迎える。
そんないつもの日常を過ごすつもりだったけれど、今朝はなんだか、違った。
「雀ちゃん」
「はい?」
朝食を一緒にとって、片付けて。
皿を洗ってくれた愛羽さんはなぜか機嫌が良さそうだった。
「8時20分になったら、わたしの部屋に来てくれる?」
愛羽さんが傍へ来て、首へするりと両腕を絡ませて、ちょっと背伸びして頬にキスしてくるものだから、彼女の可愛さに、私はにへらとだらしなく笑いながら頷いた。
「分かりました」
「ん。じゃあね」
「はい」
ばいばいと手を振ってベランダから自分の部屋へと戻って行った愛羽さん。
その姿がガラス戸の端を過ぎて見えなくなってから、私は振っていた手をはたと止めた。
「え…………?」
はちじにじゅっぷん……? それって愛羽さんもう出掛けてる時間じゃないか? 会社に。
なのにその時間に来てって……え? どういうこと?
7時20分の言い間違いかな? と思って、私は愛羽さんを追いかけようとベランダに出た。が、ベランダ用のスリッパに片足を突っ込んでグッとその動きを止める。
――い、今行ったら駄目だ……着替え中かもしれない。
かつて、愛羽さんの着替え中に部屋へ突撃して、ストッキングを履いている最中の姿を目撃してしまったことがある。
あれは申し訳なかった。だから、今は行ったらダメ。行きたい気持ちも覗きたい気持ちもあるけど…………駄目だ駄目だ。がまんがまん。
私の中の悪魔が「言い間違いのせいで行くなら自分は悪くないし、こんなチャンスでもないと覗けないぞ!」と囁いてくるが頭をブンと振って、ベランダ用スリッパから足を抜いて、室内へ戻る。
悪魔の囁きは引き続き私を隣室へ向かわせようとしてきたけれど、私はしかめっ面でケータイを手に取って愛羽さんにメッセージを送った。
愛羽さん、そっちに伺うのは7時20分ですか?
これに対してすぐ返ってきた答えは、
8時20分よ。
と、これだけ。
――や、ヤバイ怒らせた……?
素っ気ない内容に焦るけれど、最後に”よ。”が付いているからまだセーフだと思いたい。
きっと、朝の準備で忙しいから素っ気ない文章になっただけだ。うん、そうそう、そうに違いない。きっとそうだ。
怒られてないおこられないと繰り返しつつ、歯磨きや洗顔を済ませ、それからパジャマ代わりのスウェットを脱いで、普段着に身を包む。とは言え、今日は大学に行かなくていい日。だから洒落っ気もないただのジーパンとTシャツだ。
洗濯機を回して、床掃除の途中、ふと時計を見れば、もう8時15分。
「……あ……」
――愛羽さん行ってきますもなしで行っちゃったのか……。
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